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オオゲツヒメの研究家

少し風邪気味な今日、香川県在住のFさんから電話があり、急遽、石井町で落ち合うことになった。
どうやらFさんは、美馬市古宮の不動の滝へ行く予定だったらしい。。。が、変更して僕ののちゃんに電話をかけてきたそうだ。

Fさんは神社や山々をレイラインで結び、その根拠についていろいろ調査するのが得意なお方。夏至ラインや冬至ラインについて、これまで教えて頂いたが、まだまだ奥が深そうだ。
そんなことで、今日は実際に会って、お話しをしましょう!っとなったのだが、石井町に最近引越してきた知人がおられるそうなので、その女性のご自宅にお邪魔して、いろいろと話しを伺った。
その女性Kさんは、全国の一宮神社を巡っておられ、最近はオオゲツヒメの霊を意識しながら、様々な角度から研究をしているとのこと。
このオオゲツヒメ(大宜都比売)は徳島・阿波の御祭神であって、分かり易く言えば、蚕と五穀(稲、粟、小豆、麦、大豆)の神様。伊勢神宮の外宮に祀られている豊受大神と同一神であるとも言われている。

IMG_7191.jpg
(写真)Kさんから頂いたオオゲツヒメに関係する資料。

僕ののちゃんも、レビ族の阿波に渡ってきたシナリオをお二方にお話しをさせて頂いた。
しかし、この辺の話しとなると、僕ののちゃん。。。どんどん自然と喋りだす。。。自分でも所々忘れるので、ちょっとずつでも書き留めておこう~
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かどや日記

昼から鳴門市立図書館へ行ってきました。

目的は、「かどや日記」を掲載している福井好行さんの本「阿波の歴史地理 第二」を拝見するためだっDASH!

もともと、伊勢参りのドキュメント映画を作っているのが切欠で、「文政のおかげ参り」のことを知り、先日、パワ友さんから借りた本「徳島県・謎解き散歩」に、「かどや日記」にその当時の「おかげ参り」のことを詳しく書いてあるとのことでしたので、その著者の元木宇三郎邸を訪ね。。。そして今日、その「かどや日記」の関連本を目の前にしている。。。何てビックリマークウキウキ&ワクワクする瞬間なんだろうドキドキ


ののちゃんブログ-阿波の歴史地理 第二
(写真)阿波の歴史地理 第二の表紙。 持出し禁止の図書でした。


この本は、徳島県内では鳴門市立図書館しか置いていない珍しい図書でして、アマゾンでも手に入らないレアな本。

「かどや日記」以外にも、興味深い記事が沢山ありました。


ののちゃんブログ-阿波の歴史地理 第二 目次
(写真)阿波の歴史地理 第二の目次。


162ページ~364ページまでが、元木宇三郎さん筆記の「かどや日記」でして、当時の1808年~1855年の48年間の日記を掲載しています。

身の回りで起こった日常的な出来事や、全国的なニュースなど興味深い内容が一杯目


ののちゃんブログ-元木宇三郎筆記「かどや日記」
(写真)その「かどや日記」の最初のページ。


伊勢お影参りの記載されているページをスキャンしてOCRでテキスト化してみました。

先日、3,180円で買ったプリンターに、おまけで付いていたソフトですが。。。なかなかの出来栄えグッド!


 伊勢御影参三月廿一日頃より佐古町ニ少々出懸候所、
廿三四日ニ到り候而ハ市中一統尽夜不隈小家などハ家内
不残、或ハ一軒ニ二人三人四人程宛出立大騒動二付六之
承芝居曲持芝居等もとまり申侯、市中大家ハ始壱匁或ハ
五分三分宛壱人ニ施し候得共数千人二及、後ニハ五文三
文壱文二相成候、郷分も廿四日暁より多出立仕、夫より追

々相広り上郡山分迄もー村も不レ残南方も同断、渡海場
所ハ多分撫養、後ニハ大岡別宮鈴江津田南方浦々徳嶋新
町東西石場辺迄大船小船日々何拾艘卜申程宛出船仕候、
撫養近藤・和泉屋大船三艘宛施船ニ而渡申候、て印手船
施、撫養辺とも銀札銭施、又ハ茶漬かゆ握飯等色々施

之候待とも後ニハ続不レ申候、又商船ニハ福良賀田賃銭
五六分位より弐三匁程宛、大騒動二而定無之候、其中ニ
ハ悪者有之船人ニ紛先運賃ニ取立取遁致又ハ少々之路銭
奪取候屋ら女人連計ハ小船ニだまし乗押領致候も有、右
様之悪者共上御役人も数多出見付早速被召取申候、其後
ハ御究り厳敷不正之義も無候、市郷共大人小供ハ八ツ位

より以上寺子屋より直様抜出、女ハ前垂之侭ニ而欠出し
路銭少々用意仕も有又ハ一文なしこ而欠出候む有、且亦
市郷共所々へ御祓等ふり又ハ御幣色々様々の不思義多有
之候、徳嶋山中より道中足弱人助ケの為駕百挺駕廻しの
人夫共上方道中筋へ出施し仕候、甚大評判ニ而御座候、
道中国主御領主よりも御究り厳敷宿銭わらじ諸事高直ニ
不仕様并旅人難義不仕様被仰出ニ付格別無銭之者も難義
不仕帰国仕候、他国之義も当国抜参発端ニ而追々淡州、
紀州、泉州、播州地へ広がり打続京大坂辺大流行二相成
候誠二御神他市灘事申も中々おみかなり

 御当代二村成御影参発端宝永二年、夫より六十七年
目、明和八年夫より六十年目当文政十三


う~ん、なるほど。。。

そして、もう一つ気になる記載を発見目

宇治橋が焼けてしまったドクロっと言う記事。

原文は次の通り。。。


三月十九日より廿日伊勢宇治橋西詰北側より出火

而両側八軒程焼、宇治橋焼、夫より東詰町町家不残焼追
々飛火ニ而八十末社并其外古社小社段々焼候得共内宮様
御本社神楽堂御馬屋鳥井杯ハ相残夫より御林より南へ焼
抜磯辺宮へ行道筋壱里半程山焼候而鎮火成候、御影参り
年二恐多キ事二候得共御本社御無難御神徳之程奉恐入事
二候


まさに、江戸時代のブログを覗いているような気分になってきましたニコニコ

ののちゃんブログ-福井好行
(写真)この阿波の歴史地理 第二の著者、福井好行さん。 昭和43年11月23日に撮影とある。


この本の著者である福井さんの本をいくつか見てみると、僕ののちゃん的に、非常に興味範囲がリンクしておりまして、今後とも福井さんの本は要チェックだっ。。。

しかも、ご住所を見ると、ブーちゃんの親戚のすぐ近く。 親近感をムチャクチャ感じております。

日本を襲った巨大な津波年表

今日は、あの東日本大震災の3.11から丁度、1年と半年。。。

改めて、亡くなられた方々のご冥福を深くお祈り申し上げますとともに、 被災された皆様、そのご家族の方々に、心よりお見舞い申し上げます。


さて、これまで日本を襲った巨大な津波はどのようなものだったのか、少し気になったので、日本書紀に最古の巨大津波として記録されている古墳時代684年の「白鳳地震」から江戸時代1605年の「慶長大地震」までを僕なりにまとめてみましたあせる

巨大津波が発生していない地震は含めておりませんので。。。あしからずニコニコ

天変地異、とくに大地震や津波が切欠で、国の歴史がガラリと変わるのでは!!

このテーマを調べるには、もっと時間が必要な感じです爆弾 とりあえず、年表にして概略を書いてみました。。。


684年11月29日 天武13.10.14 室戸岬沖 M8.4(白鳳地震)
天武天皇(在位期間673年~686年)
720年に完成した日本書紀に記述があり、有史以来、確かな記録の残る東海・東南海・南海連動型地震と推定される地震としては最古のものである。
山崩れ、河涌くとする液状化現象を思わせる記録があり、諸国の郡の官舎、百姓の倉屋、寺塔、神社が多く倒壊した。
伊予の道後温泉や紀伊の牟婁温泉が埋もれて湧出が止まり、津波が襲来し土佐における被害がひどく、
土佐の運航船多数沈没。土佐の田園12k㎡が海に埋没。
685年には浅間山が噴火する。


869年07月13日 貞観11.5.26 三陸沖 M8.6(貞観大地震)
津波襲来し、海水城下(多賀城)に至り溺死者1,000。流光昼のごとく隠映したという。これはわが国最古の発光現象の記事である。
清和天皇(在位期間858年~876年)


887年08月22日 仁和3.7.30 紀伊半島沖 M8.6(仁和地震)
光孝天皇(在位期間884年~887年)
京都において諸司の舎屋や民家の多くが潰れ死者も出し、五畿七道諸国に亘り官舎の倒壊、
津波による多数の溺死者を出したとする記録がある。余震は8月末ごろまで記録されています。


1096年12月17日 嘉保3.11.24 遠州灘 M8.4(永長地震)
堀河天皇(在位期間1086年~1107年)
東大寺の巨鐘が落下、薬師寺の回廊が倒壊、東寺の九輪が落下など多数の記録がある。
閑院御所に居た堀河天皇は、地震発生時、庭の池に浮かべた舟に避難したという。
藤原師通は駿河の報告書に「去月廿四日に大地震があり、津波により社寺や民家が400余流失し、国家の大事なり」と記している。


1099年2月22日 承徳3.1.24 紀伊半島沖 M8.0(康和地震)
堀河天皇(在位期間1086年~1107年)
奈良の興福寺で大門、回廊が転倒、塔が破損、西金堂が少破した。
関白だった藤原師通がこの地震発生から半年後に亡くなる。
西日本の広範囲の津波記録が確認されていないので、
南海地震であろうと思われるが断定するには問題が多いとされています。


1361年8月3日 正平16.6.24 紀伊半島沖 M8.4(正平地震)
後村上天皇(在位期間1339年~1368年)
まさに南北朝時代の真っ只中。
『太平記』によると、徳島県南の由岐において大津波で1700余りの家が流失「家に居た僧俗男女、牛馬鶏犬。一つも残らず海底のもくずとなった」とある。
鳴門では34日前に地殻変動で海が干上がり、また地震の前日には盛夏にも関わらず雪が降りだしたことが記録されています。


1498年9月20日 明応7.8.25 遠州灘 M8.6(明応地震)
征夷大将軍 足利義澄(在位期間1494年~1508年)
熊野本宮の社殿が倒壊、那智の坊舎の崩壊、遠江では山崩れに地割れがあったらしい。
志摩の鳥羽市国崎町では最大波高15mに達し、死者1万人という壊滅的な被害を受け、地震後住民は高台に移転し現在に至るまで低地に戻っていない。


1512年9月13日 永正9.8.4 詳細不明
征夷大将軍 足利義稙(在位期間1508年~1521年)
宍喰浦旧記によると、徳島県南の宍喰で溺死3,700余名。
阿波においては、三好之長及び、三好元長の時代。


1605年2月3日 慶長9.12.16 房総半島南東沖と室戸岬沖 M7.9(慶長大地震)
征夷大将軍 徳川家康(在位期間1603年~1605年)
1600年の関ヶ原の戦いの後、1603年に江戸幕府が完成。
震源は徳島県沖と房総沖の2ヶ所と見られる。
徳島県宍喰では予兆と見られる大地震が朝8時頃から午後3時くらいまで続き、井戸が干上がったとされます。
津波被害による溺死者は約5,000人~1万人。

長慶会と阿波おどりの練習に参加しました。

夕方、徳島駅前の某所にて、恒例の『三好長慶会』の例会に参加してきました。

こよなく戦国武将の三好長慶を愛する人達の歴史勉強会です。。。っと言っても、三好氏だけでなく、小笠原氏、長宗我部氏などいろいろな人物についても勉強をしています。

。。。んで、今日の勉強会は、「松永久秀」でして、戦国時代に三好氏や織田氏に仕えていた武将でして、東大寺大仏殿焼失の首謀者など、どちらかと言えば、悪名高い人物あせる

しか~しっ、我々、長慶会においては、その説とは逆に、非常に才能及び人間性に優れた武将だと考えているのですグッド!

そのため、今回の講演はI先生自ら、悪名の根源を正し、久秀の名誉回復を目的とした内容になりましたチョキ


ののちゃんブログ-長慶会のI先生
(写真)松永久秀の父母、妻、側近について語る長慶会代表のI先生。


久秀に関しては、いろいろな説があるのですが、一番謎なのが、戦国の代表的な武将にも係らず、実の父親が全くの不明爆弾 謎が謎をよびます。。。

そして、何と言っても徳島と非常に関わりのある武将でもあります。

今回、僕ののちゃんがご招待したKさんも、実は松永家の御子孫に当られるお方だと聞いていますニコニコ


夜8時ごろに講演が修了。。。バイク置き場に戻る途中、徳島駅前のそごう2階にあるテラスステージで、阿波踊りの練習を少し見学目

すると、連長さんらしき男性が、是非、ギャラリーの人達も一緒に踊りましょうDASH! 的なお誘いがあり。。。みんなで踊りました音譜 ヤッパ~ 阿波おどりは、見るのも良いけど。。。踊るのが一番!!


ののちゃんブログ-本家大名連の練習風景
(写真)徳島駅前のそごう2階のステージで練習する本家大名連の踊り子達。


明日は、徳島で開催する「ののちゃん会」の開幕クラッカー オリンピック以上に熱い式典になりそうですメラメラ

歴史は遠い山々のよう

今日は一日中。。。鎌倉時代~戦国時代にかけて、タイムスリップしておりましたあせる
。。。っと言いましても、阿波小笠原氏と三好氏の歴史についての勉強していたのですが。。。調べれば調べるほど、歴史は謎・謎・謎はてなマークが深まるばかりで、ワクワク&ウキウキを通り越して、果てしない山々を見ている感じです爆弾
一番、ネックなのは、「三好氏は本当に小笠原氏の子孫なのか!?」 ってなところでして、非常に確実性に乏しいところですあせる

しかし、歴史に確実性。。。って、殆ど無かったりしますから、仮説が何通りあってもOKじゃないのひらめき電球 って割り切って、僕、ののちゃんが調べ上げて、出た答えを。。。来週の長慶会で発表しようと思っておりますチョキ



ののちゃんブログ-三好系図
(画像) 小笠原長房から三好長慶までの系図。 中央の黄色い楕円で囲った長種~長隆が、少々怪しい。


ところで、先日のライブにご出演されました大村さんですが、母方姓が「小笠原」だとか。。。今、僕が作っているこの系図に必ず大村さんのご先祖が絡んでいることは間違いありません!! 。。。ってなことを考えると、また何だかワクワク・ウキウキしてきましたビックリマーク

その大村さんが関係している「山田征さんの徳島3日間の講演会ビデオ」をYouTubeにアップしています。

まだ何も編集作業はできていない無修正の状態の映像です。

1日目は鳴門、2日目は神山、3日目は日和佐で講演さえました。 原発に変わろうとしている自然エネルギーが果たして人類、地球にとってどうなのはてなマーク ってな感じで、風力、火力、原発、地熱などについて、山田征さんが講演されています。 一講演が、だいたい3時間ほど。20分ごとの映像を連続再生でご覧いただけます。 ご興味のある人は、見てください。
下の画像をクリックするとYouTubeの再生リストページ移動します。

ののちゃんブログ-山田征さん

長慶会に向けて歴史研究

昨夜。。。いや今日の朝4時過ぎに、ディナーショーの打上から戻ってきたこともあり、昼過ぎまで寝ておりましたぐぅぐぅ

途中、師匠と歌姫Sちゃんからお電話を頂きましたが、電話を切ってからも、グーグー即寝ができる始末ぐぅぐぅ

ところで、今日は講師の仕事の準備と、こよなく三好を愛する『長慶会』って言う歴史愛好会の発表の準備をズ~っとしておりました。


僕、ののちゃんが発表する題目は、『承久の変・小笠原氏~阿波での活躍』なのですが、時間として30分時計
『承久の変』はよく、朝廷と幕府の戦いビックリマークって言ってますが。。。西暦1221年に起こった、後鳥羽上皇と北条政子の戦いメラメラって言う方が分り易いかも。

この北条政子は女将軍と言われるほど、ワォ~な女性なのですが、戦う相手が『朝廷』ってとこも驚きです叫び
でも、よくよく考えると、源氏幕府を滅ぼしたのも、北条政子のような感じなので、結局は平氏としての存在だったのでしょうか。。。ねぇ~

朝廷、藤原、北条、源氏、平家、小笠原、佐々木。。。っと詳細を調べていくと、思わないトコロで親戚だったり、戦をしたりと、発見の連続目 小中高の学生時代の歴史はダウンでしたが、今、している歴史の勉強は非常に楽しくて、アっと言う間に時間が過ぎてしまいます叫び

ののちゃんブログ-系図←小さい字で読めないと思いますが、こんな系図を作りながら勉強中あせる

承久の変と小笠原について。。。勉強中

久しぶりにドキュメント映画のことを忘れて。。。歴史研究に没頭中メラメラ
。。。っと言うのも、来週、ある会で『承久の変と小笠原氏』ってな題目で発表することになっているからだチョキ
持ち時間は40分。。。ののちゃんⅡさんも仕事を抜け出して一緒に発表に出ていただける予定。。。たぶんあせる

今日、まず調べたのは『系図』

『仁明天皇・にんみょうてんのう』の西暦800年代~『三好長慶・みよしちょうけい』の西暦1500年代までの系図を作ってみました。

もちろん、『承久の変』に係わる天皇と歴史的人物だけをピックアップしています。


ののちゃんブログ-系図  ←『承久の変』にまつわる700年間の系図。 字が小さくて。。。すみませんあせる

しかし、もっともっと探っていくと面白い発見があるかも~ってな感触です。

とくに、宇多源氏と清和源氏、そして村上源氏の関係とか、天皇の正室と側室に関係する人物とか。。。

何か調べている内に、どんどんハマっている自分に叫びワォ~ってな感じです。

当分、この学習に没頭しそうな予感ニコニコ

佐々木家にまつわるミニツアー計画

今日は、午後1時30分よりFMラジオの取材を受けました。

来年1月に企画しているラジオ番組で、『土御門上皇』にまつわる伝説をドラマ風に放送したいとのこと。。。その脚本について協力して欲しいとの依頼でしたニコニコ

年末年始を挟むので、局自体あんまり制作期間が無いこともあり、パワ友Wさんの許可を得て、Wさんの書いた資料をお渡ししましたあせる
来年、どんな感じで、土御門上皇のお話がラジオに流れるのか楽しみです。


それと、特派員Fさんと一緒に同行されていた市役所観光課のYさんと観光協会のKさんに『土御門上皇の観光マップ』を300枚手渡しいたしましたパー 主要な場所に配布して頂けるそうです。


ラジオの取材の後、以前から気になっていた阿波の守護、佐々木家の祖先のお話しの件で、T社長に会ってきました。

承久の変(1221年)の後、この佐々木家に代わって小笠原家が阿波国守護となり、最終は鳥坂城を攻め佐々木氏を排除したとされています。


気になっていることは。。。そのT社長の知人で、東北在住のSさんが、以前、徳島の神山町を訪ねた時、チョットした被害に巻き込まれたらしいのですが、その話しを聞いた僕、ののちゃんは昔、阿波を守護していた佐々木家との因果関係を強く感じたので、その旨を詳しくお伝えしたく、T社長に事情を説明をした上で、東北のSさんに電話連絡をさせて頂きました電話

電話の向こうのSさんは興味深々で、僕の話しに聞き入って頂けました。

徳島に来られる際は、その所縁の地をご案内しようと考えております。


とりあえず、この週末に、パワ友Wさんと『佐々木家、鳥坂城から鬼籠野のミニツアー』の企画準備の為、一通り廻る予定です。車 ツアーの候補地は、以下の通りです。


鳥坂城  (阿波の守護佐々木家の城跡)

  ↓

上﨟ヶ滝 (佐々木氏の妻が敵に追われ身を投げたというこの滝)

  ↓

一ノ坂  (家臣を助けるため、佐々木高兼が弓を全て折り、自害された場所)

  ↓

神光寺  (過去帳に佐々木家の名を残す所縁の寺)


ののちゃんブログ-ゆめタウン  ←ゆめタウンにあるクリスマスツリーとサンタさんカード。



話しはがらりと変わり、晩飯の後、ブーちゃんと『ゆめタウン徳島』に買物に出かけました。

夜10時まで開店しているので、ゆっくりショッピングを楽しむことができました。

クリスマスツリーにお願い事を書いてぶら下げるコーナーがあったので。。。Hちゃんに代わってお願い事をさせて頂きましたニコニコ

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ののちゃん

Author:ののちゃん
どうも!ののです。見に来ていただき、ありがとうございます。
ただいま、楽しい40代後半。毎日が嵐の様に過ぎ去っていて、殆ど家に居ない状態。。。見失いがちになりそうな日々の出来事を日記として残しております。掲載内容など、お問い合わせは、各記事の Comment(コメント)にご連絡願います。追って連絡しま~す!

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