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出羽島を散策

朝6時30分に家を出て、牟岐町へ向かう。目的は3月1日から月末まで開催される牟岐・出羽島アート展2015の取材のため。
9時30分過ぎに、実行委員会のSさんに会い、いろいろイベントの詳細を伺った。
今回で3回目となるアート展、これまでと違うのは、島だけでなく、対岸の牟岐町の三協地区(橘・辺川・河内)でもアートが展示されることだ。またアーティスト達は去年から現地に入り、町民と交流しながら作品を仕上げているとのこと。
詳しくは、ムギデバ(牟岐・出羽島アート展2015さん)のHP、またはFacebookをご覧頂きたい。

その後、11時10分発の連絡船、大生丸に乗って出羽島へ。 15分ほどで到着。同じ海なのに、この島の港の透明度は最高に透きとおっていた。

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(写真)出羽島の港 大生毛とも呼ばれている美しい港

島発の最後の便は、16時35分なので、それまで島をぶらぶら散策した。
港を中心に、とても美しい佇まい。もちろん信号や車は全くないが、道は綺麗に整備されていて、非常に散策しやすかった。歩いていると昔、旅行したヨーロッパのクロアチアの小さな港町を思い出した。
港の水辺で、今年初の海中禊をしていると、「何してるの?」って声をかけてくれた女性2人の姿が。。。1人が島のゲストハウスを任されている女性とのことで、後で伺う約束をした。

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(写真)出羽島の街並み 折りたたみ式の板戸が特徴のミセ造り(蔀帳・ぶちょう)の民家

島を反時計回りに、一周した。 途中の「蛇の枕石」は残念ながら崖崩れで立入り禁止、大池の天然記念物・シラタマモは時期的な問題なのか発見できなかった。
島で最も標高の高い場所(76m)まで行き、出羽島灯台で休憩。そこからは、去年2回訪問した「大島」がよく見えた。
とりあえず、中央コースを下り、旧出羽島小学校へ向かった。
アート展は、この廃校になった小学校の体育館や島内の空家スペースなど10箇所で開催される予定。
以前、ご自宅にパワ友さんと伺ったことのある海陽町在住のアーティストYさんもこの体育館などで作品が展示されるらしい。

先ほど声をかけてくれた女性に会うためゲストハウスに立寄った。初めてだが、以前から来たかった場所だ。今日はあいにく経営者のNさんは出かけているとのことで、留守を任せてられているCちゃん(先ほど声をかけてくれた女性)と、いろいろ話しをした。今年、島で一番良いニュースを聞くと、何年かぶりに島に赤ちゃんが誕生するとのこと。今、まったく子どもがいない島にとって、この赤ちゃんは非常に嬉しい出来事だ!
まだ1時間ほど連絡船の出発時間があったので、Cちゃんの提案で港の岸辺に行くことにした。

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(写真)海に浮かぶ人影が!

そう、この水面に浮かんでいるのがCちゃん。まるで仙人のようだ。僕ののちゃんも挑戦した。さすがにボードの上に立つことはしなかったが、服を着たまま正座で乗り、港の外へ漕いで進んだ。

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(写真)ののちゃんも挑戦!

先日の元旦に、携帯電話をドコモのエクスペリアに変更したのだが、防水仕様なので、海中に沈めて撮影してみた。

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(写真)携帯を海に突っ込んで撮影すると、沢山の魚達が撮れていた

ありがとうCちゃん、また機会があったら、宿泊しますね。
最終便の舟に乗り、島とお別れ。取材と言うより、観光気分でリフレッシュできて楽しかった。

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(写真)島にさよなら

船から遠ざかる出羽島を見ながら、ふと、徳島県の一宇なら誰でも知っている谷貞ノ丞さんの家族のことを偲んだ。江戸時代の話しだが、庄屋だった貞ノ丞さん、不作続きで年貢の取立てに不満を爆発させる村人に代わり、徳島藩の殿様に物申したことで、最後打ち首になった偉人。その後、貞ノ丞の妻と子は、この出羽島に島流しされたとも、直ぐに亡くなったとも言われている。貞ノ丞さんのことは、以前一宇に訪ねたときにブログにちょっと書いてるので、興味ある方はチェックしてみてね。
もし、妻と子がこの島に流されたのなら、無事に生き延びたのだろうか?そして、打ち首になった貞ノ丞のことを思うと非常に切なく思う。。。

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(写真)連絡船・大生丸の片道運賃は、220円 8月と9月の2ヶ月間は230円
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大山寺の紅葉


(写真)上板町神宅の大山寺。沢山のカメラ愛好家が霧と銀杏の幻想的な境内を撮影していた。

新年1月18日、毎年恒例の「力餅」が、本尊初会式の力奉納の行事として大山寺境内にて開催される。それに合わせて、麓の上板町役場から「力餅」を観に行く、ウォーキング大会も開催されており、その辺の取材に午前中から伺った。


(写真)力餅のポスター

男性の部、女性の部、小学生の部、幼児の部と有り、中でも男性の部は約150キロ近い大きな餅を持ち上げ、歩く距離を競う。
当日は餅投げもあったりと、一年で最も賑わう。

この大山寺(たいさんじ)は標高691mの大山(おおやま)の8合目付近にあり、山頂は奥の院の「黒岩大権現」が鎮座している。
四国のお不動さん36ヶ寺と別格20ヶ寺の共に一番霊場だ。

寺から麓に下る「四国のみち」を歩いて行く途中、猪野谷滝があるので、そこへ雨がパラパラしている中、紅葉の木々の下を散策していると、Tさんからの電話。来年企画している「土御門ウォーキン」の新ルート「西コース」を実際に歩いたとの連絡だった。
近い内に、このウォーキングのポスターを制作する予定!

阿南市の伊島へ

朝から、Nさんと一緒に阿南市の伊島へ取材に行った。
今回の取材は、主催者側が特別にチャーター便を手配し、新聞記者など数名を乗せて伊島へ渡った。
以下が、それからの取材の流れ。。。

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(写真)伊島の隣り、無人島の前島。

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(写真)今回、チャーター便を用意してくれた。

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(写真)別の漁船で伊島一周クルーズをして頂いた。島の最東端の甌穴。

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(写真)当所神社。

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(写真)伊島小中学校。

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(写真)山間から湿地が見下ろせた。

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(写真)奥の院へ続く道はわりと整備されている。

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(写真)奥の院の観音堂。

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(写真)通夜堂近くの井戸。

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(写真)湿地は気持ち良い。

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(写真)ありがとう伊島。

原稿チェックと、ろうけつ染めと、古牟岐

午前中、連載している二つの記事の原稿チェックをトアル喫茶店で集まってした。毎月15日と決まっている。

一つは、徳島ぶらり散策の記事。今回は無人島の牟岐大島を特集。
そしてもう一つが、とき廻り•ひと巡りの記事。美馬市内で印刷広告業を経営しているN社長を取り上げた。

午前中にチェックを終えた。面白い情報で、徳島県の世界農業遺産にどうやら認定されそうだ!とのこと。
僕も今日、知ったが、何らかのカタチで関わっているようだ!

昼から師匠宅へ訪問。。。その前に、パワ友さんに連絡した。
すると、これからろうけつ染めのDさん宅に一緒に行かないか?とのお誘いに、まだ師匠訪問まで時間があったので即OK!


(写真)Dさんのろうけつ染め

これまで出来上がった作品は何度か見たことはあったが、体験するのは初めて。。。っと言っても、洗い方の体験だけだか。


(写真)Dさんより洗い方の手ほどきを

洗いの体験を終え、Dさん宅を出発し師匠宅へ。ワープロの文字が大きくならないとの苦情?に、なぜか僕が対処。そして今、制作中のドキュメント映画に入れて欲しい写真を預かった。

一度、家に戻り、徳島県南へ。以前、大島から移住してきた人達が多く住む古牟岐に向かった。
確認したかったのは、その移住の際に、蛭子神社と観音堂も移設されたそうなので、その場所がどこなのか?を訪ねてみた。


(写真)古牟岐の観音堂

確認を終え、大島の原稿で取材協力していて頂いた、八幡神社のS宮司、漁師のHさん、大島の地主さんのAさんなどを訪ね廻って、夜10時過ぎに帰宅した。

鳴門市北灘町櫛木へ⑥

朝6時に山口県県、周南市へ空撮の仕事で向かうも、空のガスがわりと濃かったので途中、坂出あたりで引っ返した。
周南市より徳山市の方が知名度が高いと思うが。。。また天候とガスを見て、再チャレンジしたい。

それより残念なのは、毎月1度のブーちゃん先生の童謡の合唱に参加できなかったこと。
いつもは僕が運転手&生徒として一緒に会場へ向かうのだが、今日はブーちゃんひとりで運転して出かけている。

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(写真)空撮へ向かうが天候不順で戻る時の空

夕方から、以前、取材した鳴門市北灘町の櫛木のホタル祭りに出かけた。
パワ友さんがホピのトウモロコシの種をトオル&イヅルさん達に手渡したいとのことで、その祭りにいると思ったが、残念ながら見当たらなかった。

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(写真)北灘町櫛木のホタル祭り

結局、居ないのを確認して、パワ友さんはすぐに帰られてたそうで、僕はしばらく会場でのんびり。。。前回の取材で、いろいろお世話になったUさんから、お弁当をもらい、それを手土産にブーちゃんと晩飯替りにに頂いた(^^)

鳴門市北灘町櫛木へ④ そして穴吹へ

午前中、取材で昨日伺った町内在住のUさんと一緒に巨石などいろいろと櫛木の町内を巡った。

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(写真)櫛木の兜山

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(写真)その兜山の中腹にある井戸

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(写真)Uさんの山にある男根巨石、御玉神社(みたま)のご神体として祭られている

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(写真)櫛木川、6月中旬ごろまで、ホタルが楽しめる

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(写真)櫛木の禅定寺にある佐々木家の五輪塔群

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(写真)北灘公民館入口に展示されている櫛木古墳群の須恵器の破片

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(写真)北灘漁港櫛木支所の鳴門わかめスジ抜き作業

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(写真)櫛木12社の1つ、恵比寿神社と供物の「スボキ」

午後から、連絡のないMぃ~の天ぷらカーの修理に、とりあえず伺ってみようと思い穴吹へ向かった!
その途中。。。


(写真)穴吹の伊邪那美神社

徳島県内に、伊邪那美と名の付く神社は2ヶ所り、いずれも川中島(吉野川の河川内の小島)に鎮座している。
ただ、上流側が美馬の伊邪那美は、川中島から四国三郎の郷側に移転されているが、こちらも中鳥という陸続きの川中島。

その他、神社名に伊邪那美と付かないまでも、ご祭神の神社はどれくらいあるのかな?たぶん結構あるんだろうな。

蛭子の神社が多い県南の那賀川流域にも木頭の熊野本宮に祀られているらしい。


(写真)天ぷらカーの修理に伺うが留守(≧∇≦)

鳴門市北灘町櫛木へ② そして淡路へ

午前中、カズさん達と吉野川市美郷へ
徳島で良い物件はないかと、師匠の古民家を見に行くことにした。
残念ながら、本人の師匠は忙しいとのことで、詳しい住所も分からないまま、とりあえず美郷に向かった。

多分、このあたりの民家と思い、見学し美郷を後にした。

次は淡路のナフシャへ夏至祭りの打合せに伺った。
その前に、記事の取材のため、鳴門市北灘町櫛木に寄り道した。
寄ったのは、個人宅で美しい庭園を解放しているKさん宅と、八幡神社。

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(写真)シャクヤクの花 ボタン科らしい

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(写真)Kさんのお庭

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(写真)櫛木の八幡神社

その後、淡路へ直行し、夏至祭りの打合せをして再び、徳島に戻り師匠宅へ寄った。
結局のところ、午前中寄った民家は、師匠のものでは無かったんだが、近くの別の民家だと分かったので、明日、カズさん達は再チャレンジで見に行くそうだ。

鳴門市北灘町櫛木へ①

午後から取材のため鳴門市北灘町の櫛木に向かった。
徳島には3カ所あると言う星越峠を越えて目的地の櫛木へ。前から気になっていたため池、星越池に車を駐車し、そこから歩いて散策してみた。

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(写真)星越池

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(写真)星越池の堰の奥へ

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(写真)山道を進む いちおう市道らしい

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(写真)イノシシの罠

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(写真)ハリ集落に抜けた!

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(写真)山ツツジが満開

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(写真)ハリの船戸神社

一応、鳴門市道と聞いているが、獣道みたいな部分もあったりと、山あり谷ありのなかなか楽しめる散策だった。

大麻町板東を散策

今年は地元徳島の一宮、大麻比古神社のお田植祭を見たい一心で午後、その神社に伺った。ちょうど明後日、4月24日は大麻比古神社神田の播種祭(ハシュサイ)とのことで、再度訪ねてみょうと思う。


(写真)鳴門、大麻比古神社の神田

神田から大麻山頂上へつづく参道をしばらく歩いてみた。3合目付近で今回は引き返した。


(写真)参道を登る、奥の山が大麻山

下山して丸山古墳を参拝した。ここに眠るお方は誰ぞ? 吉野川沿いには渡来系歴代の墓が、そら(穴吹より上流)から順番に祀られている。。。と想像できる。


(写真)丸山古墳、大麻比古神社北側にある

また、大麻比古神のある板東には、第一次世界大戦で捕虜となったドイツ兵の収容所があった。日本人にとっては西洋式の収容所のありかたについて学ぶこととなるが、それだけでなく、西洋文化や伝統も学んだ。日本で初めて第九がここで演奏されたのも、収容所の自由な環境が伺える。


(写真)ドイツ橋、約100年前にドイツ人捕虜らにより造られた

逆にドイツ兵は、この板東で沢山の日本文化を学んだに違いない。
大麻比古神社の神紋や蜂須賀公の家紋などもその後、第二次世界大戦ではあまりにも有名な場所でアレンジされ使われた。


(写真)ドイツ塔のある高台から徳島市内が一望できる

大麻比古神社の境内南には、高速道路が走っている。その工事にあたり、沢山の古墳などが発見された。
以下、巡ったところの写真を掲載する。


(写真)鳴門の高松道沿いには沢山の古墳群がある


(写真)鳴門西サービスエリア(下り)にある散策路、登った先に何も無かったことが新たな謎


(写真)日本でかって亡くなったドイツ兵捕虜の全員の名前がしるされている


(写真)板東捕虜収容所跡のレンガ基礎


(写真)板東捕虜収容所跡の門には第九発祥地


(写真)四国八十八ケ所一番札所前の板東門前通り

無人島探検

今日はいよいよ、ののちゃんの人生の目的の1つが叶う日。。。トアル無人島の探索だ!
探索と言うより、ご神事?いやDNAに刻まれている過去の清算?
あまり内容を詳しく書けないので、以下の写真と簡単なコメントを書き留めておきたい。
また、探索した内容が明らかになったら、このブログで紹介したいと思う。


(写真)牽引している小型ボートにペリ子が!


(写真)目の前に目的の無人島が迫る


(写真)谷間の奥に見える山頂が目的地


(写真)無人島のビーチ


(写真)沢伝いに登る


(写真)この無人島は巨石の宝庫


(写真)そして洞窟も至るところに


(写真)巨石いろいろ


(写真)洞窟もいろいろ


(写真)ニホンタチバナの実がたった一つ(^-^)/


(写真)なんて大きなニホンタチバナの木なんだろう(*^^*)


(写真)尾根伝いを登っていると見晴らし台の巨石に遭遇!爽快な眺望\(^o^)/


(写真)どの時代の狼煙代の跡か?


(写真)そのまま山頂を目指す


(写真)山頂手前の番所跡


(写真)番所跡には近代のレンガ破片などが


(写真)頂上の狼煙代


(写真)一部破損しているが、ストーンサークル状に配列されている


(写真)山頂の岩場に咲く花


(写真)山頂付近の巨石群。この隙間は意味有りげ!


(写真)山頂より下ると洞穴群が、一つ目の洞穴


(写真)二つ目の洞穴


(写真)三つ目の洞穴


(写真)四つ目の洞穴


(写真)五つ目の洞穴


(写真)無人島を去る船上より

竹ケ島を探索

午前8時に雑誌でお世話になっているNさんを迎えに行き、取材のため徳島県南へGOGOGO
今日の目的は、以前取材でお世話になった阿南市加茂谷地区の取材先へ発刊した雑誌を持て行くことと。。。
それと次の5月号に掲載予定の徳島最南端でもり最西端でもある「竹ヶ島」の記事の取材。

ってなことで、まずは加茂谷へ。
実は、その加茂谷でイチゴ農家をされているTさんと、同行のNさんは、古い知り合いとのことで、僕の前回の記事を見てTさんはそのことを知ったそうだ。
なので、Nさんも数年ぶりにあるTさんと再会できることにウキウキされている感じだ。


阿南市加茂谷に咲く白色の桜。

最初に巡ったのは、公民館。写真の提供や記事の最終チェックなど、今回、全面的に協力して頂いた。感謝。
次は、猫神さんで有名なお松大権現さん。そしてイチゴ農家のTさんのビニールハウス。
そこでは、NさんとTさんの懐かしい話しが。。。しかも、イチゴ狩り体験とお土産も沢山頂いた。


(写真)苺もたわわ。


(写真)こんなに沢山(^-^)/

途中、民宿の坂口さんの所に立寄って、目的地の「竹ヶ島」へ向かった。
丁度、昼頃に海陽町宍喰に到着。まずは観光協会へご挨拶。
そして、島へ。。。橋が架かっているので、手軽に島内へ入ることが出来る。
まずは、昼食もかねて「まぐろや」に入店。そこで店のことや島のことについて取材させてもらった。
しかも祭りの写真提供まで。
実は今回の記事のメインは、5月13日(火)と5月14日(水)に開催予定の「竹ヶ島神社の祭り」
さすが地元だけあって、詳しく取材することができた。感謝。


(写真)竹ケ島の山道を清掃する若者達。

お店の取材を終え、向かいにある海中観光船ブルーマリン号の取材に伺った。
その後、竹ヶ島の狼煙台を撮影するため、山頂を周遊する「四国のみち」を散策。
体力もすこぶる良かったので、少し外れの燈台や巨石探索もやってみた。
獣道から山道に戻ると、男性が引率する若者達と遭遇。なんと彼らはその「四国のみち」をホウキで掃除しているではないか!
後で知ることになるのだが、N社長のご一行だった。出会えて光栄!
以下、竹ヶ島とその周辺を巡り撮影と取材を続けた。


(写真)竹ケ島の狼煙代、実は巨石の上だった!


(写真)竹ケ島は巨石の宝庫だ*\(^o^)/*


(写真)淡路の尾崎さんが作ったかの。。。ような巨石


(写真)金ケ崎にて太平洋を望む


(写真)宍喰の奇岩七不思議の一つ


(写真)蜂須賀さんの時代、ここが土佐と阿波の国境だった番所

今夜は牟岐町の八幡神社の榊宮司さんのご自宅で宿泊させてもらうので、とりあえず牟岐へ向かった。
夜は地元の人でないとなかなか行けない居酒屋で夕食を共にした。
明日はいよいよ無人島の取材!

和食でも雪

今日は徳島県南の山間でも雪。
そんな中、那賀町和食に鎮座する蛭子神社の吉田宮司さまに、雑誌記事の確認をお願いするため、お伺いした。

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(写真)那賀町仁宇の竜王山にも雪の薄化粧。

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(写真)那賀町和食の蛭子神社・ひるこじんじゃ。

王余魚谷へ

午前中、急遽、師匠の家へ行き、久しぶりの挨拶。。。このブログでは詳しくは書けないが、緊急事態でお伺いした。ある意味、師匠は元気だが。。。僕ののちゃんは、気がセコイ感じ。
その後、報告のためパワ友さん宅へ。今後の対応について話しあった。
もともと今日は、雑誌の取材の為、県南の海陽町平井にある「王余魚谷」の滝巡りの撮影に午前中に出発する予定だったので、時間を見れば、もう13時ごろ!3時間ほどかけて急いで目的地へ向かう。

目的地の「王余魚谷」を読める人はいるのだろうか?この地名「王余魚」と書いて、「カレイ」と読む!
そして、この一帯には店が、ほとんど無い! あっても閉まっていたりする。
通りがてら、以前から気になっていた1軒のギャラリーに立寄った。

保勢焼
(写真)保勢焼 ギャラリーの展示作品

運良く、ギャラリーの主のHさんに取材をお願いすることができた。ラッキーだ。
この「保勢」は「王余魚谷」のすぐ隣にある地区。
約15年前より、ここでHさんは窯を作り、作品を生み出している。

目的地の「王余魚谷」に点いたのは16時ごろ。山間部なので、あと1時間ちょっとで暗くなる。
今日の目的は、この「轟の滝」から遊歩道で沢伝いにある代表的な7つの滝を撮影すること!
ちなみに、滝の数としてはもっと沢山ある。
急いで、一つ目、本滝の「轟の滝」を撮影。次に「二重の滝」「横見の滝」「舟形滝」「丸渕滝」「鳥返しの滝」「鍋割りの滝」と撮影を急いだ。

轟の滝
(写真)轟の滝

全ての滝の撮影を終えたのは17時過ぎ。もうこれからは急激に暗くなる時間帯。どうにか間に合った!
最後の「鍋割りの滝」近くにある「鍋割神社」で参拝と休息をとって麓へ戻る。

鍋割神社
(写真)鍋割神社

鍋割りの滝
(写真)鍋割りの滝

往復約2時間。帰り道、不思議な感覚に襲われた。
昨日の熊野参りの影響なのか、何なのか?
誰もいない山道に、人けを感じた。
詳しく書くのは控えるが、ここは「平家の落人伝説」が残る場所。
暗い山道を案内してくれ、そのまま家までお連れした感じ。。。
プロフィール

ののちゃん

Author:ののちゃん
どうも!ののです。見に来ていただき、ありがとうございます。
ただいま、楽しい40代後半。毎日が嵐の様に過ぎ去っていて、殆ど家に居ない状態。。。見失いがちになりそうな日々の出来事を日記として残しております。掲載内容など、お問い合わせは、各記事の Comment(コメント)にご連絡願います。追って連絡しま~す!

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