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この6日間、同じ震源地で3回も地震

今日の早朝、なぜか目が覚めて、ベットでボーっとしていると家が揺れた。
また地震だ!震度は1程度だが寝ている時間帯の地震は、敏感に感じてしまう。
この6日間に徳島市北部で、3回も同じ震源地の地震が続いている。また震源地が住んでいる近所(真下かもしれない)なので、余計に気になる。。。気象庁のページによればM2.3~M3.2の震度。地震の度に強くなってきている。

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(写真)今日の地震の状況 http://www.jma.go.jp/jp/quake/20140629041147495-290407.html

しかし、思い返すと。。。先日の22日、愛媛の滑川渓谷でご神事をした2日後、この滑川を震源地とするM3.5の地震が起こっている。何かやっちゃったかな?

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(写真)気象庁の地震のページより
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100年目のサラエボ事件

今日は第一次世界大戦の勃発を導いた「サラエボ事件」からちょうど、100年目。まさに100年前の今日、ボスニアのサラエボで皇太子フランツ・フェルディナント夫妻が銃撃で殺害された日だ。

そんな今日、パワ友さんの呼び掛けで100回忌のご神事を鳴門市板東でした。
以下、その様子の写真を掲載する。


(写真)鳴門市板東のドイツ館でいろいろ話しを伺った。


(写真)ドイツ兵捕虜の慰霊碑(全国収容所の方)の前で100回忌のご神事をした。真ん中の額は、銃撃される少し前、皇太子夫妻が馬車に乗り込もうとしている、ろうけつ染めの作品。


(写真)板東の鐘。修理中と聞いていたが、昼の12時ちょうどに美しい鐘の音が響いた。


(写真)旧ドイツ館。僕が小学生の頃、学校の行事で訪れた場所。



(写真)「バルトの庭」映画「バルトの楽園」のロケに使われたセット。2時間以上ここでゆっくり滞在した。


(写真)ろうけつ染めの作品「板東楽団」10月中旬まで、この「バルトの庭」に展示してもらうことに。

おもてなし


(写真)Aご夫妻のお宅、テーブルには身体に優しい料理ばかり

夕方6時、知人のAご夫妻宅を訪ねた。
最初、パワ友さんより「温灸の練習に、ののちゃんしてもらえば!」とのお誘いだったが、ベジ料理をご用意してもらったり、気付けば7人が集まってた。
先日の玉突き事故で、若干、肩と首が筋肉痛だった、ののちゃん。ちょうど良い感じでリラックスできた。ありがとうございました。

また、完成に向けて仕上中のドキュメント映画「劔の夜明け」のラストシーンに高根三教氏の晩年、病院のシーンを予定しているのだが、その撮影のロケ地となる病院をTちゃんが探してくれるとのご協力も頂けた!
そして、Aご夫妻もこの撮影に出演して頂けるのも感謝です。

タマツキ

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(写真)3台の玉突き事故、真ん中がののちゃんが乗っていた車

阿南市のトアル取材で向かう道中、市内の宝田の交差点で信号待ちをしていると、いきなり後ろから車が突っ込んできた。
気付いたら、前に止まっていた車に玉突き衝突して、僕の車はサンドイッチ状態。
僕自身はケガはなかったが、車は写真の通り、前も後ろも潰れた。
急いで、後ろと前の運転手の状態を確認して、車を誘導。しかし突っ込んできた後ろの運転手は、足をケガして自力では動けなかったので、介護のように抱かかえて、安全な場所に連れ出した。
その後車のフロントからラジエーターなど液が漏れ出し、全く動かなかったので、ニュートラルにして手押しで近くのバス停の広い場所へ移動させた。
通りがかりの人が、警察に電話を入れてくれたが、その警官が来るまでの数分のこれらの出来事。。。合計3台の玉突き事故の前後の車は高齢者の方の運転。。。気付いたら、僕1人がんばっていたような感じ。

結局、警察への事情聴取の後、レッカーで運ばれ、代車に乗って、どうにか取材に向かうことができた。

栗嶋さんにインタビュー

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(写真)今回、インタビューをして頂いた栗嶋さんの著書「四国剣山に封印された ソロモンの秘宝」

夕方、講師の仕事を終えてから、師匠が手配した淡路のホテルへ向かった。
今日の午前中に、遠方より淡路入りして頂いた栗嶋さんがホテルで待っていてくれた。
僕が到着した頃には、すでに忙しい師匠は帰っていが、住職のAさんが代わってお接待をしてくれた。
ご挨拶をして、インタビューをお願いしたいとの気持ちを伝えた。
昨年、上映した未完成の映像「劔の夜明け」のDVDをすでに栗嶋さんは観て頂いてたので、インタビューに快く応じてくれた。
インタビューアは住職のAさん、照明と撮影はののちゃん、約1時間ぐらい準備を含めて撮影をした。
高根三教さんとの出会いから他界する最後の場面まで、振り返って話してくれた。これまで知らなかった内容が殆どだった。
栗嶋さんのインタビューは、三教さんの息を引き取る前の状況を再現映像にして、ドキュメント映画「劔の夜明け」のラストに入れて完成となる。
ぜひ、来月7月17日の完成試写上映会に都合付く方は来て下さいね。 劔神社例大祭と上映会の詳細は→http://www.facebook.com/turugijinja

滑川渓谷

4年ほど前、滝行で訪れた滑川渓谷の素晴らしさが忘れられず、もう一度、行きたいと思い続け。。。やっと今日、素晴らしい仲間達と行けることとなった!
メンバーは昨日の淡路市、胞衣岩(えないわ)のご神事に参加した四国3県のメンバー。
特に、愛媛在住のカズさん達には、3年前の愛媛移住時から、一緒に行きたいとお伝えしていただけに、大変嬉しかった。
それ以上に、鳴門のMっちゃん、今治のN親子、四万十のKちゃん、愛媛のYくん、徳島のMちゃんなど、最高のメンバーとこの空間を共有できると思うだけで、鳥肌が立った。
朝10時過ぎ、ナマステを出発。
愛媛の滑川渓谷へ向かった。
14時過ぎ、10人が乗った4台の車は渓谷の駐車場に到着。
雨上がりの渓谷は、少しガスも残っていたりと、非常に幻想的な雰囲気。
今回、カズさんの末っ子のIくんにとっても大切な場所と機会になったようです。
写真では、その壮大さは伝わりにくいが、何枚かアップしたい。

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(写真)1kmほどの長~ぃ一枚岩の巨石の滑り台。僕らはその上を歩いて上流に向かった

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(写真)まるで陸の深海

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(写真)今日までの雨で、水量も以前にくらべて多かった

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(写真)まさに胞衣(えな)型の超巨石

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(写真)カズさんのアルバムジャケット用に何枚か撮影した一枚。左からミヤ、カズ、まこっちゃん。

16時過ぎ、駐車場に戻り、そこでみんなと解散。徳島組みは、Mっちゃんの車に乗せてもらって帰った。
僕の家に送ってもらう前、お腹が空いていたので、徳島市内のマータラで夕食を。。。
今日の滑川渓谷、すばらしい思い出になりました。

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(写真)スリランカ料理のマータラにて

土器ドキ惑ワク•夏至まつりin淡路島

午前10時、淡路市のカフェ•ナフシャを8台の車が出発。高知のKさんの車に乗った僕ののちゃんは、道案内役として先頭を走った。
そして、ナフシャから約20分ほどの距離にある、ご神事会場の胞衣岩(エナイワ)へ向かった。
途中、5台ほどが合流し、目的地に着く頃には、大行列となっていた。
11時ごろ、ご神事の準備が整い。カズさん、わの舞のメンバー達、キリロラさん、佳代さんとご神事が続いた。
Yお母さんの透視のご報告もあったりと、
12時ごろ、無事にご神事を終え最後に直会。捧げた供物をみんなで頂いた。

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(写真)雨の予報にも関わらず、ご神事の最中だけ晴れ、胞衣岩に降り注ぐ光

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(写真)カズさんによるご神事

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(写真)キリロラさんによる歌と言霊の舞

胞衣岩は名前の通り、女性の大切な部分を象徴した磐座で、まさに出産のプロセスを目に見える形で表している。
子宮にあたる胞衣岩は、厚さ60cmぐらいの幅で次回の出産に向け、剥がれ落ちようと準備している。
そして、その胞衣岩の上には恐竜の卵のような楕円形の岩があり、割れた殻がすぐ近くに転がっていて、卵の黄身が顔をだしている。
また、胞衣岩から約20m降りた場所には、まさに胞衣岩から転がって落ちた赤ちゃん巨石とそこから破水している井戸がある。
これは偶然だろうか?僕はわざわざ出産のプロセスを残した遺跡だと思う。

午後2時から深夜11時近くまで、永遠とライブが続いた。

写真 1
(写真)ナフシャの2階で開催されたライブ。1階ではマルシェが並ぶ。

原稿チェックと、ろうけつ染めと、古牟岐

午前中、連載している二つの記事の原稿チェックをトアル喫茶店で集まってした。毎月15日と決まっている。

一つは、徳島ぶらり散策の記事。今回は無人島の牟岐大島を特集。
そしてもう一つが、とき廻り•ひと巡りの記事。美馬市内で印刷広告業を経営しているN社長を取り上げた。

午前中にチェックを終えた。面白い情報で、徳島県の世界農業遺産にどうやら認定されそうだ!とのこと。
僕も今日、知ったが、何らかのカタチで関わっているようだ!

昼から師匠宅へ訪問。。。その前に、パワ友さんに連絡した。
すると、これからろうけつ染めのDさん宅に一緒に行かないか?とのお誘いに、まだ師匠訪問まで時間があったので即OK!


(写真)Dさんのろうけつ染め

これまで出来上がった作品は何度か見たことはあったが、体験するのは初めて。。。っと言っても、洗い方の体験だけだか。


(写真)Dさんより洗い方の手ほどきを

洗いの体験を終え、Dさん宅を出発し師匠宅へ。ワープロの文字が大きくならないとの苦情?に、なぜか僕が対処。そして今、制作中のドキュメント映画に入れて欲しい写真を預かった。

一度、家に戻り、徳島県南へ。以前、大島から移住してきた人達が多く住む古牟岐に向かった。
確認したかったのは、その移住の際に、蛭子神社と観音堂も移設されたそうなので、その場所がどこなのか?を訪ねてみた。


(写真)古牟岐の観音堂

確認を終え、大島の原稿で取材協力していて頂いた、八幡神社のS宮司、漁師のHさん、大島の地主さんのAさんなどを訪ね廻って、夜10時過ぎに帰宅した。

淡路島から本届く

今日、淡路島の佳代さんより本が届いた。以前からまとめておられた本だった。ついに完成したのだ!っと僕も嬉しくなった。


(写真)淡路ユダヤの「シオンの山」が七度目《地球大立て替え》のメイン舞台になる! 魚谷佳代 より

ドキュメント映画「劔の夜明け」の紹介など、僕も良く知っている内容ばかり。
師匠やパワ友さんのことも載っていた!

記事の編集作業

一日中、連載している記事の編集作業した。
どこにも出ずに、ひたすらパソコンの前で。。。


(写真)とき廻り•ひと巡りの7月号の記事


(写真)徳島ぶらり散策の7月号の記事

今回は無人島の牟岐大島を特集。その中でも、来月7月26日(土曜日)に開催される姫神祭りをメインに掲載した。
興味のある方は、参加してみては!

牟岐町へ


(写真)モラスコむぎにて

午前10時前に徳島市内を出発し、県南の牟岐町へ向かった。
今日の目的は雑誌の取材。
7月26日に開催予定されている牟岐町の夏祭り「姫神祭り」と無人島の大島について詳細を聞いた。

まずは大島の入江の海底にある千年サンゴと無人島ツアーについて、モラスコむぎのクラブノアむぎ責任者、Tさんに伺った。

つぎに午後1時から、地元漁師のHさんと待合せ、Hさんが学生だったころの担任のK先生に、大島の史跡や歴史、自然について伺った。
Hさんより教育委員会が作ったという大島、津島、出羽島の貴重な小冊子を見せて頂き、その大島について調査したのが、そのK先生だ。会っていろいろ話しができて嬉しかった。
そのなかで、マダニの話しが特に印象に残っている。
8年前、地元の業者の責任者と大島に行った際、マダニ刺され、その責任者が3日後ほど経って亡くなったとのこと。
案内役のK先生や付添人も刺されたそうですが、早めの点滴などの対応でどうにか死を免れたとか。
このマダニは、無人島に離した猟用のつがいイノシシの繁殖に合わせて、島内に蔓延したそうで、逆にマムシはイノシシに食べられ、ほとんど居なくなったらしい。
特にこの時期から、山間部での地面の座り込みは、マダニに噛まれ易いので要注意!

午後3時過ぎ、牟岐八幡神社のS宮司さまと、教育委員会、役場などに伺った。
役場には、大島の地主Aさんが居られ、取材許可を願いした。
また、姫神祭りの昨年の様子を撮影した写真データも役場観光協会から頂けた。

すべての取材を終え戻り、早速、取材した内容を記事にまとめた。

第一次世界大戦のクロアチア人、ドイツ捕虜の件で調べて分かったこと

今回、第一次世界大戦の発端となったサラエボ事件、その事件勃発100周忌に合わせ、パワ友さんに調べてみてはとの要請に、ダルマチア系のMartinovicさんに辿り着きました。
この件について、今日はブログを書いています。
以下がドイツ兵に混じって捕虜となった雇われ兵のクロアチア人の資料です。

Martinovic(マルチノヴィッチ),Rudolf(?-?)
巡洋艦皇后エリーザベト乗員・1等水兵。1916年10月9日、マラチッチ(Maracic)等12名と青野原から丸亀に移送された。
板東収容所へ移送後まもなくの1917年6月22日、イタリアの連合国加盟により宣誓解放された。
高木大尉以下下士13名の付き添いの下、小松島港から徳島丸(共同丸?)で神戸に着き、同夜は栄町の「恵比須屋旅館」に投宿した。
大正6年6月24日付『神戸新聞』には、その折の高木大尉を囲む記念写真、旅館でくつろぐ13名の解放俘虜の写真が掲載された。
ダルマチア(今日はクロアチア)のツァラ(Zara)出身。(2331:姫路→青野原→丸亀→板東)

僕ののちゃんがダルマチア(クロアチアの海岸エリア)に行ったのは1999年の冬。
その当時、実はこの人の名前も国や出身地も知りませんでした。あてずっぽでクロアチアへ行きました。
クロアチアのダルマチア地方は、美しい島々が浮かぶ海岸エリア。僕はその地方のザダル群のKukljica(ククリツァ)という港村を通りがかりました。
このククリツァは、ザダル:Zadar(イタリア語でツァラ:Zara)の港から船で15分ぐらい沖合いの島にある漁村。
美しい小さな港で、僕はそこにある教会の入口で、美しい緑色のヘビを足で踏んでしまい、死なせてしまいました。
その時、僕がクロアチアに来た意味を知りました。この港村に来たかったんだと。そして役目が終わったと。
資料では、彼の出身地がZara(ザラ)となっていますが、これはイタリア語読みで、英語ではZadar(ザダル)です。
このザダル群の中心都市がザダル市で、ククリツァはその地方の漁村になります。
添付している風景写真ですが、手前の港がククリツァで、海の奥に見える町がザダルです。割と近いでしょ。

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(写真)Kukljica:ククリツァの港街風景 Guide Croatiaより


ところで、クロアチア人は大きく別けて2つに分かれます。アドリア海岸沿いのダルマチア系と内陸側のスラブ系。
101匹ワンちゃんのダルマシアンは、この地方から名付けられています。
ダルマチアン系の特徴は、黒髪で背が高く、身体が大きいのが特徴で、僕自身も知人の友人のダルマチアン人から親戚にいる風貌だと言われました。
スラブ系の特徴は、ロシア人に近く色白で子どもの頃は金髪で成人になると茶髪になり、そんなに骨格は丸っぽい感じです。
ただ、純粋なダルマチア人はごく僅かしかいませんが、その混血の子孫は海岸沿いに今も多く暮らしています。

今のところ、僕が小学生の時、徳島県鳴門市板東の旧ドイツ館で見た写真は、ハッキリ覚えていませんが、たぶん見れば、彼が映っている写真の内容を思出すと思います。

69の日

夕方!鳴門海峡大橋近く、大塚国際美術館の前にある瓶浦神社へ、毎年この時期に縄跳び奉納させて頂いている。
6月9日、つまり69は陰陽の二つ巴。鳴門の渦潮のウズのようにも見える。

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(写真)恒例の縄跳び奉納

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(写真)日没前の鳴門海峡

鳴門市北灘町櫛木へ⑥

朝6時に山口県県、周南市へ空撮の仕事で向かうも、空のガスがわりと濃かったので途中、坂出あたりで引っ返した。
周南市より徳山市の方が知名度が高いと思うが。。。また天候とガスを見て、再チャレンジしたい。

それより残念なのは、毎月1度のブーちゃん先生の童謡の合唱に参加できなかったこと。
いつもは僕が運転手&生徒として一緒に会場へ向かうのだが、今日はブーちゃんひとりで運転して出かけている。

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(写真)空撮へ向かうが天候不順で戻る時の空

夕方から、以前、取材した鳴門市北灘町の櫛木のホタル祭りに出かけた。
パワ友さんがホピのトウモロコシの種をトオル&イヅルさん達に手渡したいとのことで、その祭りにいると思ったが、残念ながら見当たらなかった。

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(写真)北灘町櫛木のホタル祭り

結局、居ないのを確認して、パワ友さんはすぐに帰られてたそうで、僕はしばらく会場でのんびり。。。前回の取材で、いろいろお世話になったUさんから、お弁当をもらい、それを手土産にブーちゃんと晩飯替りにに頂いた(^^)

劔神社例大祭のご案内

今年の劔神社例大祭のチラシができたので、Wさんが運転する車に乗って師匠と剣山へ配りに向かった。

昨年はイワナガヒメを祀る西島神社にて7月16日に前日祭を開催したが、今年は16日の行事全てを中止し、7月17日の例大祭と神輿、そしてドキュメント「劔の夜明け」映画完成披露試写会の3部構成で開催する流れとなった。
昨年の例大祭では、まだ制作途中の映画を上映したが、今回は完成させたものを上映するので、もし都合が付くようでしたらご参加ください。
詳細は次の通り↓

平成26年度の例大祭、及び映画完成披露試写会のご案内

基本データの内容を更新しました。
今年も7月17日(木曜日)に例大祭を開催いたします。
タイムスケジュールは以下の通りです。
皆様のお越しをお待ちしております。

11 : 00~ 祭典・神事(会場:劔神社)
13 : 30~ 御輿神幸出御祭・後御輿渡御
15 : 00~ 映画完成披露試写会(会場:祖霊殿14 : 30開場)

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(写真)剣神社例大祭チラシ

見ノ残にある大劔神社の里宮である劔神社境内では、少し時期は過ぎたそうだが、まだ藤の花が美しく咲いていた。


(写真)劔神社の藤の花、ここ見ノ越は標高約1,400mなので開花時期は遅い感じ

大黒さま?恵比寿さま?


(写真)大黒さん?恵比寿さん?

夕食を終えて、パワ友さんに誘われて松茂町へに向かった。
月見ヶ丘の波音が心地よく鳴り響く場所、そこはTちゃんのお姉さんJちゃん宅。
Aご夫妻による温灸を夕方からJちゃんにしていたとかで、午後8時前に伺った。

丁度、温灸が終わった頃で、午後10時近くまで、パワ友さんの計らいで、Tちゃん、Jちゃん、Aご夫妻の4人に、ののちゃんマッサージをボランティアした。
人に触ってもらうだけで、リラックスできると感想を言ってもらい、頭の先から足の指先まで揉んでみた。

そばのテーブルの上には、鳴門ナマステゲストハウスの玄関にあった大黒さん?恵比寿さん?の木彫?が微笑んでいた。
Tちゃん「今日はみんなが来ているので、目がパッチリ開いている!」と。

Jちゃん、Tちゃんの郷は、徳島、いや全国的にかなり重要な網元のご出身。
その像がここに引き取られたのも納得いく。

誇るべき織豊系城郭「徳島城」の講演


(写真)会員の前でご挨拶する講師の酒井勇治さん

夕方6時から、徳島駅前のシビックセンターへ。
毎月1度開催される長慶会に参加した。
今月のテーマは徳島城。
この徳島城は現在、徳島駅北側にある徳島中央公園として桜の花見などで賑わう市民の憩いの場。
標高61.7mの通称、城山を中心に築いた平山城で、そもそも天守閣はないとか。
分かっているだけで、室町時代に細川頼之が築城、後に天正13年(1585年)豊臣秀吉の命により、蜂須賀家政が入場し再築城したとされる。

講師の酒井さんは現在、徳島城博物館ボランティア友の会会長を務められ、2000年春より博物館だけでなく隣接する庭園や城郭跡のガイドもされている。

脇町へ美郷へ

午後1時、美郷のMぃ~のいる場所へ向かった。
1週間ほど前よりバッテリーがあがってエンジンがかからないとの事なのでその応急処置に行った。
1時間ほどバッテリーチャージャーで充電し、噴射ポンプに燃料をポンプで充填して、エンジンがかかるようになった。
Mぃ~が何やら白い錠剤を数個出してきた。それを各セルに1つずつバッテリーの液体にいれると蘇るらしい。
ただ説明には手順があって、充電後、1時間走り、また充電して走る。。。の繰り返しが必要とのこと。
とりあえず、バッテリーチャージャーでしばらく充電することにし、いったんMぃ~と別れた。


(写真)Mぃ~さんのバッテリー充電

取材の予定があったが、まだ少し時間があったので、師匠の古民家を見に行くことにした。
ただ、道路から10分程度、険しい山道を歩いて辿り着く場所なので、民家の屋根が見えたところで、タイムアウト(≧∇≦)
また次回、タイミングがあれば立ち寄りたいと思う。


(写真)師匠の古民家があるハズなのだが?

それから午後3時、雑誌の取材で美馬市脇町へ行った。
脇町で広告印刷量をされているN社長へ伺い、2時間ほどいろいろインタビューをした。
この取材の原稿は、来月7月号のecojaに掲載される予定。


(写真)脇町で取材したN社長の趣味の一つ?でもある献血カード

ふたたび、美郷のMぃ~の場所へ
チャージャーの表示は、まだフル充電の手前。とりあえず、1時間ぐらいMぃ~に里まで充電のため車を運転してもらった。
その間、僕は神山からやって来たというP君の子犬と遊んだ。
Mぃ~が戻ってきたころは、もう日が沈み辺りは暗くなっていた。


(写真)Mぃ~の居場所は、美郷のTさん宅。

とりあえず、2回目のバッテリーチャージには、まだしばらく時間がかかりそうなので、チャージャーの取り扱いを説明した上で、引き続き充電をしてもらい、僕は帰ることにした。


(写真)美郷のホタル祭りにて

帰る途中、丁度、美郷のホタル祭りだったので、ホタル館に立ち寄った。


(写真)200円払ってホタル館の下にある川田川へ降りる

川沿いには沢山のホタルが舞っていた。
こんなに多くの乱舞を観たのは、生まれて初めてかもしれない\(^o^)/

アースディ神山、種まき祭り

午前中、今日発刊のecojaを取材に協力して頂いた鳴門市北灘町の櫛木へ発刊したばかりの雑誌を配りに行った。
その後、神山町で開催されているアースデイ神山へ。
会場のマルシェに出店しているサダさんに修理したビデオカメラを手渡した。そうこうしていると、パワ友さんの呼ぶ声が。。。それ以降、一緒に行動した。
ユライのTakaさん、Esohさん、宮城愛ちゃん、宮城ファミリーとご挨拶。
エアちゃんも元気な様子、万里子さんに抱かれていました。
それから鳴門の東林院で開催されている種まき祭りへ。

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(写真)アースディ神山 愛ちゃんのライブ

17時までの開催、1時間前の到着。ライブは既に終わっていましたが、落語会をしていました。
マルシェでまこっちゃんのうどんなどを食べ、会場を後に。。。

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(写真)種まき祭り

パワ友さんが、第一次世界大戦の発端となったサラエボ事件が今年でちょうど100年目と言うことで、その事件の起こった6月28日に何かイベントを企画しているとのことで、その開催場所として、ドイツ兵捕虜収容所跡地の公園へご案内した。
僕もその大戦に加わったとされるドイツ兵(雇われ兵としてのクロアチア人)の御霊を一時授かっていた時期があり、その供養の経験から、今月28日のサラエボ事件100年記に参加しょうと思っている。

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(写真)ドイツ兵捕虜収容所跡地にある水汲み場
プロフィール

ののちゃん

Author:ののちゃん
どうも!ののです。見に来ていただき、ありがとうございます。
ただいま、楽しい40代後半。毎日が嵐の様に過ぎ去っていて、殆ど家に居ない状態。。。見失いがちになりそうな日々の出来事を日記として残しております。掲載内容など、お問い合わせは、各記事の Comment(コメント)にご連絡願います。追って連絡しま~す!

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