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兵六餅


(写真)南国名物 兵六餅

ボンタン飴で有名な鹿児島市のセイカ食品の飴菓子。ビーガンなどベジタリアンでも美味しくいただける銘菓。
父方が、薩摩出身なので、子どもの頃から、ときどきお菓子で食べたことがある。
そして昨日、母の買物と病院へ車で送る時、母から久しぶりに、この懐かしいお菓子を手渡してくれた。

原材料は、水飴、砂糖、麦芽糖、もち米、白生あん、オブラート、きな粉、海海苔、抹茶、でん粉、乳化剤(大豆由来)
8個入りだ。

白褌をチラッと見せている人物は、悪ギツネ退治に立ち向かう薩摩兵児の大石兵六。江戸時代の物語で、ショートストーリーがYouTubeで公開されている。

http://youtu.be/x1YZFhjmZ5Y
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ベジタブル ハウスカレー

ビーガンである僕ののちゃんのために、ブーちゃんは毎食、ベジタリアン料理を作ってくれている。
そして、味付けや飾り付け、量など、外食では絶対食べれない料理を、家で普通に食べれることに感謝の毎日だ。
普段、外食で食べる場合、卵、動物性乳化材、肉魚、牛製品、蜂蜜などの動物性たんぱく質が入っていない料理を探すのだが、徳島では非常に限られる。
回転寿司でカッパ巻きや納豆巻きなどを選ぶか、インド専門店でカレー、My醤油を持ち込んでのセルフうどん、スーパーやコンビニで植物性のお菓子やおむすびを買うぐらい。
そういえば1軒だけ徳島にマクロビ専門店を知っているが、ベジの大食いの僕にとっては少々、量的に物足りない。


(写真)今夜の夕食、ブーちゃんお手製のカレーとサラダ

東宮山

神山温泉で一泊した僕達は、朝食前に朝湯へ。これから登山をする前に、身体を温めた。
朝食を終え、9時ごろ神山温泉を出発。ひとまず、川井峠の駐車場に車を置いてもらい、僕の車に4人全員乗ってもらった。そして、僕が運転する車は、東宮山中腹にある「東宮御所神社」近くまで進めた。この道は、川井トンネルの神山側すぐを左折して、車で15分ほど進めると神社の近くまで辿りつくことができる。その先は、まだ工事中で、いずれ美郷まで伸びるらしい。
一部舗装されていない箇所があるものの、東宮山に登る一番簡単なルートと言えよう。
僕以外は、今回初めてのメンバーだったので、神社手前の沢で禊を勧めた。前日の雨で、いつもより沢の水は大目のようだ。手で救い頭や顔を清めた。
工事車両に迷惑がかからないよう、道の端に駐車し、神社へ向かった。「東宮御所神社」のすぐ横には「春宮神社」がある。Dさんはこの「春宮神社」の方で、しばらく時間を過ごした。


(写真)東宮山中腹にある「春宮神社」の拝殿近くの磐座にて

僕を入れて一行5人は、頂上を目指した。普通なら20、30分で楽に登れる山道だが、ところどころでDさんの話しを聞きながらゆっくり進んだ。頂上に着いたのはちょうど12時ごろだった。

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(写真)頂上は紅葉ピーク

次回、天行山(あまぎょうさん)にも登りたいとDさん。近い内にまた徳島にくる用事があるので、その時、再度、東宮山と併せて天行山をご案内することになりそうだ。
帰りは、川井峠の食堂で、遅い昼食を頂き、木屋平の「つるぎの湯・大桜」でお風呂に入って、解散した。

淡路(たじ)の御井宮

夕方、仕事の後、自宅で夕食を済ませてから、神山へ向かう。
先日、大阪の鶴亀物語を終えたDさん達は、会場に展示していた案山子達を返却するため、Kさんと共に東祖谷の案山子名人の所に寄ってから、神山の宿泊施設(神山温泉)にチェックインしていた。そして、明日の東宮山登山の案内をするため、僕は午後8時ごろ施設に到着、Dさん達と再会できた。
神山温泉の湯は、非常に素晴らしいと、毎回浸かるたび思うのだが、今夜は一般の大浴場ではなく、宿泊施設の方の大浴場だったので、DさんとKさんと一緒に、のんびり、ゆっくり浸かれた。
温泉から出て、しばらく香川のFさんと話しが盛上がった。Fさんが持って来た、大嘗祭や物部関係の本を捲りながら、前から興味があった井戸の掲載部分を見せてくれた。
その内容は、淡路の瑞井の水を酌んで大鷦鷯尊(仁徳天皇)の子、水歯別命(反正天皇)の産湯として用いたとあり…つまり淡路の瑞井の水が聖水とされ、それが天皇の供御の水とされていたり、皇子の産湯として用意られていたことがあった…
淡路島の瑞井宮跡は、三原郡松帆大字瑞井 兵庫県南あわじ市松帆瑞井に比定さえているが、厳密に言えば、三原川下流域の淡路屯倉の榎列村の三宅に付近だという。近くには大和国魂神社辺りがあると書かれていた。
いろいろ意見はあると思うが、一度、この周辺を訪ねてみたいと思う。

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(写真)掲載されているページ

南海フェリーとライブへ

大阪で一泊し、昼過ぎに南海電鉄に乗り和歌山港へ。そこから南海フェリーに乗船し徳島へ帰ることにした。
このルートなら、大阪なんばから徳島港まで、2,000円ぽっきりの旅費。非常に経済的だ。

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(写真)和歌山港出航時の紀伊水道

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(写真)紀淡海峡 右から和歌山深山、地島、虎島、沖ノ島、そして左側には切れているが淡路島がある

徳島港に16時前に到着。バスで自宅に戻り、夕食を食べてから、ギロチン伯爵の死刑ショウ、つまりライブに向かった。
ライブハウスには、パワ友さんとMさんの姿があった。まさか来ているとは思わなかったので、嬉しかった。
ギターの長官の結婚報告があったが、会場の観客からは「地獄に堕ちろ!地獄に堕ちろ!」と、日頃言えない狂気の掛声をみんなで発した。

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(写真)処刑ショウ・ライブ

クロアチア兵と鶴亀物語

朝、徳島を出発して姫路へA氏の車で向かう。目的は姫路駅前での撮影。上空100mからの撮影作業を終え、僕はA氏と別れ、一人大阪へ向かった。
途中、神戸市の図書館に立ち寄り、以前から調べたかった、大正時代の神戸新聞の記事を閲覧しに行った。

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(写真)大正6年6月24日の神戸新聞掲載。

この古い写真に写っているのが、イタリア国籍の捕虜13名だ。その中の一人は、現在のクロアチア国ダルマチア地方ザダル出身。(詳しくはこの記事参照

このイタリア国籍の13名、神戸に来るまで、実はドイツ兵の俘虜として徳島県の板東俘虜収容所に収容されていたそうで、ドイツ兵に混ざっての俘虜生活はかなり厳しかったようだ。イタリアが連合国に加盟したのを機に解放され、収容所の高木大尉の案内で神戸にてイタリア領事館に渡されたとのこと。
以下にその神戸新聞と毎日新聞にも記事があったので、その部分を掲載する。

神戸新聞 大正6年6月24日
解放されしイタリア国俘虜
ドイツ人の迫害を受けし怨み骨髄に徹す
俄仕込みの海軍軍人13名
徳島県板野郡板東町の俘虜収容所に収容されて居た俘虜中イタリア人13名はイタリア国が連合国側に入った今日いつまでも捕われ人の扱いをしておくわけにもいかずとあって今度解放される事となり一行は22日夜、小松島出帆の商船徳島丸で昨23日午前4時兵庫港に着し、直ちに栄町ゑびす屋旅館支店に入った。一行は丸亀歩兵第62連隊派遣の収容所附大高木茂氏輸送指揮官となり下士以下3名の兵士をもって護衛し、午前10時から元居留地91一番館に赴きイタリア名誉領事ラザロー氏に引渡しを了した。
13名の捕虜は青島で軍艦エリザベス号に乗組んでいた海軍の下士2名、水兵11名で戦乱勃発と同時に俄かに傭兵された急仕込みの軍人であるけれど、いづれも軀幹偉大水色のヂャケッや紺サージの背広を着て元気頗る旺盛、当初姫路収容所に居たが、その後丸亀に移され本年4月更に板東町収容所に転送されたもので、その際、移送を拒み中には駄々を捏ねたのや、独墺兵の凌辱に堪えず厭世心を起し窃に雪隠内に入って縊死を企てた者さへあったというが、22日朝突然解放される旨を通知され一同大喜び夢のように勇み立って早速出発の準備を整えた中にも気の利いた1人は金巾でイタリア国の国旗を作り旗棹の尖端には三ツ目の槍さへ着け、その旗を押し立て堂々として乗船し船内でも中々元気よくはしゃぎ切って神戸に上陸するなり無暗に嬉しくて堪らずゑびす屋旅館に落着いた後、イタリア国領事館へ行く時など高木大尉が左登に立って引率すると13名は国旗を左登に翻し一斉に軍歌を歌ふて栄町通を威勢よく居留地に繰込みその前後左右は衛兵3名が銃に著剣した軍装勇ましく護衛し中々物々しい光景であった領事館に着くと、高木大尉からラザロー領事及び東京大使館から出張して来たヂュリォー、マケッチ、フランニ氏に引渡され領事は一同に懇篤な訓示を興へたが其夜はゑびす屋支店に投宿、来る7月10日当港出帆のフランス国汽船マリヤヨセフ号で帰国の途に上る筈である輸送指揮官高木大尉は語る「13名の俘虜は皆温順です解放と聞くより非常な喜び方で船の中などもお話にならぬ元気でした。中に1人フランス語を能く喋る男があって、これが通訳をしてくれて私達に意志を通ずる事が出来ました、彼等は決してドイツ語を口に致しません、聞くさへ穢らはしいといって言葉の上にさへ彼等の鬱勃たる敵がい心が表れています。体格は皆立派ですし俄仕込みの假装軍人だとか悪口を言ひますけれど兎も角軍艦に乗り組むまでには一通りの教育を受けたのです。今迄ドイツから受けた凌辱に対しては怨み骨髄に徹して居るように思はれます」云々因に一行13名の氏名は左の如し
デビアンキ(27)ロンスキ(25)デスコヴィチ(25)マルチノヴィッチ(28)ロスート(27)フランシン(26)リツチ(26)コラシ(26)ツリアニ(26)ブルニ(26)ボツアル(26)マダレンシ(27)パレンヴァン(26)

大阪毎日新聞 大正6年6月24日
イタリア国俘虜解放
徳島収容所にいた13名
徳島県俘虜収容所に収容しありしイタリア国俘虜13名は今回解放帰国せしむることとなり23日午前5時半第18共同丸にて徳島より神戸に着せり右俘虜は青島に於て
俘虜となりたるもその後イタリア人と判明し解放することとなりたるものにて東京駐在イタリア国大使館より一等書記官シュリオー、マケット、フェランテ氏神戸に来りて
神戸駐在名誉領事に引渡されたるが近日出帆のフランス郵船ボートス号にて帰国するべしと


アッと言う間に時間は過ぎ、大阪のTEIJINホール17時開演の鶴亀物語に向かった。途中、地下鉄を乗り間違え、開演3分前にギリギリ到着。
会場には、Dさんが招待した案山子の名人のご家族、東祖谷小中学校の先生方の顔ぶれが。。。そして、阿波市S院のMさんなど良く知る方々もおられた。
感想はまたの機会に書きたいと思う。
この鶴亀物語の舞台は、近い内にBS放送される予定だ。

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(写真)鶴亀物語 会場には名頃の案山子達が待っていた!

台風の前に日本一王手を!

昨日から始まった独立リーグ・グランドチャンピオンシップの第2戦が、午後6時から始まる。地元徳島でのプロ野球試合は今年最後の見納めだ。

今日の一番の目的はインディゴソックスのオーナー坂口代表の取材で、蔵本球場に来ているが、台風18号が四国九州沖に来ていることもあり、これからの試合がどうなるか非常に気になる。
グランドでは選手達がバッティング練習をしていて、グランドの整備、観客来場の準備もバッチリの様子。
昨日は球場にNHKさん、今日は四国放送さんをはじめ、沢山の野球報道記者が記者室に集まっていた。


(写真)今期最後の試合に向け、練習するインディゴソックスの選手達

今日の試合で勝利すれば、日本一に王手となる!
徳島の球団が地元でする今期最後の試合。都合の合う方は、ぜひ18時までに蔵本球場に集結!

牟岐八幡神社 秋祭り3日目

いよいよ今日、牟岐八幡神社例大祭が執り行われた。
榊宮司から参考に頂いた資料「海部の祭りと民俗芸能」より神社と例大祭の概要を書き記す。

名称: 牟岐八幡神社
場所: 徳島県牟岐町牟岐浦字八幡山1
由来: 牟岐の浜に流れ着いた三体の木造を後ろの社人が柄杓で掬い、ご神体として祀ったのが始まりとされる。承久2年(1219)、当時の地頭が奈良出身である縁故により、奈良八幡宮より再勧請され八幡神社となった。文献には八幡宮という名称も見受けられる。旧郷社。主祭神は、誉田別命、気長足姫命、玉依姫命。

この概要文の中で注視したいのが「奈良八幡宮より勧請され」の「再」の部分。つまり、牟岐→奈良→牟岐ということと、承久2年は、承久の変直前の年。翌年土御門上皇は四国土佐へ自ら移られた年だ。

例大祭の進行順は以下の通り。 今回は詳しく書かないが、今後、神社の由来書としてまとめる予定。

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(写真)13時30分より、祝詞奏上、玉串奉典

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(写真)14時00分より、花上式・種揚の神事 サカキの葉をちぎり、一升枡に入れ、社人と稚児がアル掛声を発声する

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(写真)14時30分より、記念撮影の後、稚児の曳く神輿 牟岐町内を練り歩く

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(写真)15時50分ごろ、御浜入り・渡御 牟岐港にて

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(写真)16時10分ごろ、社人と榊宮司 神輿に御霊を遷す

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(写真)16時20分ごろ、曲りの式・食の酌神事 特殊神事 注連縄を持った社人が一通りの儀式をする

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(写真)関船

淡路島と牟岐八幡神社 秋祭り2日目

洲本市内のコテージで一泊。朝目覚めると昨夜の話しに出てきた淡路島と北斗七星の関係で、そのポイントとなる7つの山々が何となく浮かんできたのでF氏に伝えた。とりあえず出発の準備を終え徳島方面へ。
途中、Dさん達と一緒に喫茶ビエントに立寄りモーニングをいただく。店内にあった季節外れの大きなヒマワリが、あまりにも立派だったので店主に、いろいろ質問。結局、その立派なヒマワリと種をDさんは頂くことになる。店主(女性)は徳島の出身者とのこと。

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(写真)店内にあった立派なヒマワリ

徳島市内で案山子の名人に会うまでの時間がまだあったので、オニオンロード北阿万の大神宮に向かった。この辺は凡直(おおしのあたい)の本拠地の一つ。そしてFさん曰く、「徳島の海部と淡路の凡直を行ったり来たりすることに意味がある!」と。。。
Dさんは少々お疲れのご様子だったので、僕達だけ山の斜面を登る狭い側道を進み、どんづまりで車を駐車して、高架を歩いて渡り境内へ。石組みからして要塞の跡ではと、Fさんは話してくれた。 ここでFさんと別れた。

11時過ぎ、徳島市内のトアル場所で、案山子の名人と会う。 今月、大阪で開催される「鶴亀物語」の会場に展示する案山子の打ち合わせ。とりあえず後日、Dさんのお弟子さん達が取りに東祖谷まで行くという。

ここからが、Dさんと行きたい場所が食い違った。 僕は当初から阿南のM邸に寄ってから、牟岐八幡神社を予定していたが、Dさんは木屋平のM住宅を突然希望された。
時間が時間なので、とりあえず阿南のM邸へ。少し不満気味のDさんだが、Mさんの「もののべ」のご神事を熱心に聴いておられた。途中、スーパーで買ったお寿司を食べながら。。。
もう時間は夕方、僕はDさんと牟岐八幡神社に行きたかったが、大変、お疲れのご様子だったので、Dさん達は大阪へ帰ることになった。別れる前、Dさんから「鶴亀物語」のインストゥルメンタルサウンドをDさんの車内で聞かせてくれた。Iさんによる作曲と音づくり。舞台でどう使われるのか非常に楽しみだ。

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(写真)牟岐八幡神社の例大祭宵宮 境内参道にならぶ露天と賑わい

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(写真)拝殿前の御神燈の灯り

夜7時30分ごろ、牟岐八幡神社に到着。 宮司や社人さんから「Dさんは?」との質問があったが、「大阪に帰られた」と返事。みんな残念がっていた。 かなり体力的に厳しい感じだったので、Dさん帰られて正解だと思った。後日、Fさんからも帰えらせて良かったと電話があった。
今回一番の目的である神社例大祭の取材に集中できそうだ。宵宮の賑やかな境内をしばらく眺めながら、今夜はS宮司の2階で1人1泊。 いよいよ明日は、世襲制の社人さん達による古来からつづくという特殊神事が拝見できる。ワクワク興奮している。
プロフィール

ののちゃん

Author:ののちゃん
どうも!ののです。見に来ていただき、ありがとうございます。
ただいま、楽しい40代後半。毎日が嵐の様に過ぎ去っていて、殆ど家に居ない状態。。。見失いがちになりそうな日々の出来事を日記として残しております。掲載内容など、お問い合わせは、各記事の Comment(コメント)にご連絡願います。追って連絡しま~す!

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