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甦った天ぷらカー

午後、天ぷらカーに乗って、ひとりドライブ。3日前に和歌山の岩本さんによって甦った天ぷらカーのチェックを兼ねて引田の田の浦海岸まで行ってみた。 天ぷらシステムだけでなく、ターンベルトやブレーキなども修繕して頂いたので、走りは順調!岩本さん、いろいろとお世話になりました。
もともと小出さんに進められ、天ぷらカーを乗るようになったのだが3年前の冬、その後、約1年ほどは調子良かったのだが、油のフィルターろ過作業が拙かったのか、燃料噴射ポンプを交換するハメに。
そして、やっと今日、普通に走れるようになり、ついつい天ぷらカーでドライブしようと思い立った。

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(写真)天ぷらカー 左手は清融の磐座がある「与治山」、海に奥に薄く見えるのが北極星の島「小豆島」

軽油と天ぷら廃油を切替えて走ることができるこの車のエンジン部分は、切り替え装置のシックスポートと、配管などを新しいモノに取り替えていただいた。 

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(写真)天ぷらカー エンジン部分

軽油は通常の燃料タンクに入れているが、天ぷら廃油は下の写真の通り、貯蔵用のポリタンクに入れて走る。以前は大きな据え置き型のスチールタンクだったが、今回のようなポリタンクなら、定期的な掃除が楽なので、良いと思った。

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(写真)天ぷらカー 後ろには燃料廃油のタンク
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今年初の徳島・淡路島ツアー2日目

大阪のDさんと地元Nさんと3人で巡るご神事と気づきのツアー2日目は、宿泊先の洲本市から、徳島へ移動し、次のスポットを巡った。
僕達にとって、新しいインスピレーションも授かったツアーとなった。
次回は、淡路島の北斗七星の8つのスポットを巡るツアーを考えている。

①洲本市内の宿泊のコテージを9時30分ごろ出発。
②途中、洲本市内の喫茶店でモーニング Dさん達とは2回目となる。前回、大きなひまわりを頂いた店。
③徳島県藍住町の料理店で昼食用の巻きすし、いなり、「なかごめくるりあん」を購入。
④徳島県藍住町の三寶大荒神(観音院) Nさんによると、宮中より自ら望んで徳島に来たという大荒神さんらしい。
⑤徳島市国府町の栄螺の泉(蔵珠院) 境内のほとんどの建造物を建替え工事中。ここで昼食を取った。
⑥石井町浦庄字諏訪多祁御奈刀彌神社 信州の諏訪神社の元宮とも。
⑦徳島市入田の伊勢神社 拝殿をもたない、石組み(ドルメン)の祭祀場が特徴的。
⑧徳島市内の八万温泉 冷えた身体を温めた。
⑨ののちゃん家 ここでみんなとお別れ。おつかれさま!


(写真)寒いから誰かが頭に載せたのかな?なで仏。痛いところをなでるとご利益があるらしい ナンズルソンジャ 三寶大荒神境内。


(写真)三寶大荒神王奥殿(さんぽうだいこうじんほんぐう) 藍住町奥野字猪熊96


(写真)栄螺の泉 螺旋状に下りていく井戸。こちらの方が本家井戸寺ってな感じ。蔵珠院境内 徳島市国府町芝原字宮ノ本3


(写真)多祁御奈刀彌神社 名西郡石井町浦庄字諏訪213-1


(写真)タチバナの実 多祁御奈刀彌神社境内


(写真)伊勢神社 徳島県徳島市入田町天ノ原 西大原集会所

今年初の徳島・淡路島ツアー1日目

(写真)佐那河内村 五世之神社

午前中、地元のNさんと大阪のDさんと3人で、佐那河内村の五世之神社へ伺った。少し雪が舞い散る中、3人一緒に手を合わせて参拝、しばらく境内で、各々おもむくまま過ごした。Nさんによると、この神社は「いせのじんじゃ」とも呼ぶそうで、元伊勢の一つだと地元民は信じているという。
また、Dさんのインスピレーションによると、アメノヒワシが祀られているとのこと。さっそく、拝殿の裏山にも登ってみることに。ピラミッド型の山頂手前に、崩れかけの磐座などがあった。

昼過ぎ、徳島の南海フェリーのりばへ。目的は、修理完了した天ぷらカーを受取りにいくため。和歌山の岩本さんにより、シックスポート交換など、久しぶりに天ぷらカーとして蘇った。走りも最高にいい!

午後4時前、3人は淡路島のとある場所へ移動。温泉に入ってから、 Dさんを囲んでの座談会を開催。集まったのはYお母さんご家族をはじめとする10人ほどの方々。今、地球や宇宙で起こっている一般的に知られていない事実など、深夜0時まで話は続いた。。。

明日もこの3人で、 ご神事&気づきの徳島スポットを巡りをする予定だ。

折口信夫?

昨夜、淡路島のFさん宅へお伺いし、いろいろ話をした中で、「折口信夫」の名前だけが、今も耳に残っている。
Fさんが言ったこと全部、覚えていないけど、「國學院大學卒業、ムー大陸、日本は負けていない」のキーワードだけははっきり覚えている。その中でも、ムー大陸が沈む前兆に、島の大木(名前忘れたが楠木の仲間らしい)で船を作り、日本に渡ってきた話しは面白いと思ったし、まさかFさんの口からそんな話しが出るとは、まったく想像だにしていなかった。

特に四国の南半分は、海洋プレートによって運んでこられた、何億年もの太古の地層で構成されている。
例をあげれば、阿南市の日亜化学工業の本社の裏山は、日本でもっとも古い地層で、僕はムー大陸の地層では!?と思っている。そして、この山に鎮座する八桙神社のご祭神は、大國主(おほくにぬし)または、葦原色許男(あしはらしこを)で、まさしく、ムーの匂いがプンプンしている。

Wikipediaによると、折口信夫は民俗学者で、「死者の書」 「古代研究」など著書も多数、同性愛者でもあったと記されている。調べれば調べるほど面白い人物だ。

今日は、1日、机に向かっての作業が続いた。 明日は、大阪からDさんが久しぶりに徳島に来てくれる。2日ほど同行する予定だ。

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(地層図)地質調査総合センター https://gbank.gsj.jp/geonavi/geonavi.php より

何気ない動作の中に潜むモノ

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(写真)届いた郵便のテープをはがすと螺旋が。

朝から夕方まで、コンピュータ関連の講義を受もった。授業としては今日がラスト。後は3日間に分けて認定試験など残すだけとなった。
そんな今日の休憩の時、届いた郵便を開封するため、テープをはがしたところ、写真のようにテープが螺旋状にクルクル巻きあがった。
何気ない動作の中に潜む、普遍的な「螺旋」の美しさに、なぜか心が惹かれた!
結構、見逃していることが多いかもしれないので、この感覚をもっと研ぎ澄ませていきたいと思った。

夕方から淡路島へ。相談したいことがあるとのことで、トアルご夫婦と3時間ほど話し合った。詳しくは書けないが、聞き手役になるべく徹した。直接的な解決策にならなかったかもしれんが、こんなに対になって話しをしたのは久しぶり。今後も見守っていきたいと思った。

明日の個人的なスケジュール。
机に向かっての作業がほとんどの予定。

歌は誰のモノ?

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(写真)鳴門ロマンチック街道の野外彫刻、奥の海はハリーマ (播磨灘)

今日の昼ごはんは、昨年末の余ったもち米を使って、餅つきマシーンでついたお餅をいただいた。やはりつきたては美味しい!
午後から、ブーちゃんと義姉が昔、クラッシクコンサートで歌ったライブ音源をCD化する作業をやった。でもこの作業、ほとんどが著作権の調査と手続きで、実質的な編集作業は全然できないまま。。。
歌の分野はクラッシク系、具体的に言うと、イタリアオペラや懐かしい日本歌曲集が中心、日本のJASRAC(日本音楽著作権協会)だけでなくイタリアのSIAE(イタリア著作者出版者協会)も権利を所有する曲があるので、調べるだけでも大変大変。

いろいろ調べていると、日本よりイタリアの著作権に対する監視と制裁が凄いことになっているようだ。歌を外で口ずさむだけでSIAEの担当者が飛んでくる!ってな話しがあったりなかったり。。。完全に権利ビジネス化しているイタリアの歌事情、果たして来月、バチカン市国でブーちゃん達は歌を歌うことができるのだろうか?

歌は海の彼方、天の果て、時空を越えて、響かせることができる、とても自由な愛の波動。
それをビジネスのために、がんじがらめにして本来の歌のあるべき姿と力を失わせていないかな。
歌は誰のもの? 歌だけでなく、何でもがんじがらめにしていないか。

明日の個人的な予定。
朝から夕方まで、講義の仕事をして、夜に淡路入りし、F先生の事務所に立寄る予定だ。

連載記事の終了を決意

2年間ほど連載担当している記事について、雑誌の出版が休刊になるのを機に、原稿書きを辞めようと、関係者のNさんに相談に行った。
休刊といっても、ウェブ発刊はつづくので、連載を続けることもOKなのだが、このタイミングで連載を辞めるのが良いかなっと思い、その旨をお伝えした。

毎月、2つの連載(合計4ページ)をIllustratorで最終入稿までやっていたので、結構大変だったけど、取材やモノ書きの体験ができて、非常に勉強になった2年間だった。日頃会わないような人々やスポットを取材でき、大変良かったと思う反面、ビーガンな僕にとって、一般的な飲食店の取材は大変辛かったのも今となれば思い出。。。
とりあえず、残る3月号の連載を最後までがんばりたいと思う。

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(写真)庭先の梅が咲いた!

心のオアシス「粟嶋」

午後、吉野川市川田のトアル場所で、1人の女性と会った。その女性と会ったのは4年前に遡る。この間、彼女には、いろいろな出来事や災難が続いた。結局、徳島県を離れることに。。。新しい場所で、これから息子さんと暮らすという。
応援したい気持ちと、少し残念な想いとが、入り混じった感情がこみあがる!
これまで、近すぎず、遠すぎず、でも何かある度に、連絡をくれていた彼女ではあるが、遠い場所で、幸せになって欲しいと願う。

とりあえず、その女性と別れ途中、粟嶋を通って帰った。別名、善入寺島ともいうが、吉野川中流にある巨大な川中島だ。僕的には「あわしま」と呼ぶほうが素敵かなと思う。
昔、歩き遍路していた頃、10番札所の切幡寺から、11番札所の藤井寺を遍路中、この島を横断したことがある。車の通りも少なく、吉野川の清流と風を感じながら、気持ち良く歩いたことを思い出した。 上流方面には高越山が、下流方面を向いて歩くと、遠くに淡路島の諭鶴羽山が見え、少しだが地平線を感じさせるスポットでもある。心が癒される!

昔は村があったが、現在は無人島の粟嶋は、耕作地として田畑が広がる。面積は、徳島空港2.5倍分。
この島以外にもこの吉野川には大小さまざまな川中島が沢山あったが、埋め立てられたりして、現在は地名でしかその所縁を知ることができない島も多い。上流の川中島では養蚕が盛んだったこと、また戦前まで、吉野川下流では、船上で生活していた海人が居た話しなど聞いたことがある。今、彼らはどこに行ったんだろうか?

僕も何度か会ったことのある大塚唯士さんが、貴重な著書「粟嶋史」を昨年末に出版された。この島の歴史をまとめた最高傑作。昔、村人が住んでいた頃の地図も付いている。ここまで取材をして、まとめ上げたご苦労に、同じ県人として、感謝の言葉しかない!

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(写真)徳島県内最大の無人島でもあり、最大の川中島 「粟嶋」。まるで滑走路のようにつづく道の奥に高越山が見える。

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(写真)大塚唯士さん著作の「粟嶋史」

個人的な内容になるが、天ぷらカーを修理してもらっている和歌山の岩本さんより、そろそろ直るとの連絡があった。
また、淡路島のF先生の奥様より、近い内に会って話しがしたいとのことで、来週の月曜日に会いに行くことになった。

日本へ渡来してきた女性の記憶

YURAI CD
(写真)YURAI のCDとジャケット

午前11時から夕方まで、母の病院通いと買物などをサポートするため、車で同行した。
母が用事している間、車内で YURAI のCDを聞いていると、8曲目の「Orphans」で何回も泣いた。
泣いたというより、咽び泣きに近い。
歌詞もそうなのだが、曲を聞きながら、インスピレーションを受けた映像に泣けたのかもしれない。
遠い遠い、昔の記憶、いや記憶じゃなく、ほとんどの日本人のDNAに刻まれた、記憶なのかも。
僕にとってこの曲は、そんな記憶を呼び覚ます歌なんだと思った。

楽園の島を目指して、黒潮に乗って、葦舟でやって来た渡来人の姿が思い浮かんだ。
その渡来人は、嵐の中、ようやく楽園の島に、辿りつくが、乗船していた人の中、生きていたのは女性ひとり。
その女性は赤ちゃんをはらんでいたが、出産後、すぐに亡くなった。
遺された赤ちゃんは、先住民に育てられ、そのDNAは、多くの日本人に受けつがれている。
そんなイメージを想いながら、聞いていると、咽び泣きとなってしまった。

人はそれぞれ違っているけど、実はみんな同じDNAを持っている。ただ組み合わせ方次第で、人種や男女や個性が違うだけ。
多種多様の中で、育まれたこの命は、自分だけのものでなく、みんなが共有する、未来へのメッセージ。
言葉で上手く言えないけど、ここ最近、歌で泣けたのは、久しぶりだ。
その歌の歌詞を下に記します。 CDを聴きながら、歌詞をタイプしたので、オリジナルと異なるかも。

Orphans

いつでも夢は はかなくて 伝えきれぬ 想いを抱きしめて 佇んだきみを 月が照らす

天使はそっと 囁いた きみの背には みえない大きな 翼があるから 越えてゆける

宙に浮かぶ 蒼い月を 胸にいだいた あの夜は 永久い夢


いつからここに いるのかは 永い旅の 終わりも始まりも つながっていると きみは呟いて

涙さえも 星にかえて 胸をひろげ あの空を 飛びまわれ 今は…


宙に浮かぶ 蒼い月を 胸にいだいた あの夜を越えてゆく

夢をだいた あの空を 越えてゆく

星の記憶 あの夜は きみの夢


ユライのホームページ → http://www.yuraiworks.com/

音でます! ユライ Yale Sole PV 完成!

ユライ ミュージックビデオ Yale Sole
(vimeo) ユライ Yale Sole ミュージックビデオ 上の画像をクリックするか、こちらの リンクよりご覧ください。

朝10時より、淡路島在住のユライさん宅で、最終のミュージックビデオ制作の最終チェックをおこなった。一部、映像を撮りなおしたり、編集をしなおしたりと、夜10時ごろに、とうとう完成した!
もちろん、無料で見れますので、興味ある方は上の画像かリンクの文字をクリックしてご覧ください。

なお、撮影とビデオ編集は僕ののちゃん。
ロケ地は、次の通り↓

1、でだし水中からの映像、徳島県神山町の神通の滝の滝つぼの中から水中撮影
2、緑の映像、徳島県神山町の上一宮大粟神社の真名井の映像
4、青い空と波、徳島県牟岐町・出羽島の港の海中より撮影
5、手で水をすくう、淡路市カフェナフシャの裏の浜にて撮影
6、手を合わせて祈る、淡路市釜口海岸・阪神淡路大震災20周忌の日の出時刻に撮影
7、風車付き小舟の上のえまさん、淡路市カフェナフシャの裏の浜にて撮影、小舟はカフェオーナーの尾崎さんの作品
8、飛ぶかもめ、ののちゃんライブラリーより、宮津市の天橋立
9、えりかさんの舞、淡路市釜口海岸・阪神淡路大震災20周忌の日の出時刻に撮影
10、4つのシャーマニックドラム、淡路市平和観音像前の浜にて撮影
11、えりかさんのダンス、淡路市釜口海岸
12、花とユライ4人、淡路市平和観音像前の浜にて撮影
13、皆既月食の月と雲、ののちゃんライブラリーより、丹後市久美浜町の小天橋で撮影
14、滝、徳島県神山町の神通の滝
15、海岸を歩く&立ち止まり手を上げる、淡路市釜口海岸・阪神淡路大震災20周忌の日の出時刻に撮影
16、小舟に乗ってエンディング、淡路市カフェナフシャの裏の浜にて撮影、小舟はカフェオーナーの尾崎さんの作品

とりあえず、寒い中、ダンスのえりかさん、ユライのみなさまお疲れ様でした。
ユライのホームページ → http://www.yuraiworks.com/

今年もやります!土御門ウォーキング

今年も土御門ウォーキングを開催します。やっとポスターができました!
この土御門上皇は、承久3年(1221年)の承久の変で、父や弟などが島流しされる一方、企てに参画しなかったこの上皇は、自ら四国へ移られ、阿波(徳島)で崩御されたと伝わる天皇です。この方の叔父さんが安徳帝で、子の1人が後嵯峨天皇。また孫には、南北朝時代のきっかけとなった後深草天皇(持明院統)と、亀山天皇(大覚寺統)がいます。
他にも、もっともっと土御門上皇に纏わる伝説は沢山あります。
そういうことから、この土御門上皇の歴史的立ち位置は、重要な天皇だと思われます。
そして何より、地元の人々に愛されています!

参加にご興味ある方は、3月29日(日曜日)午前9時に、阿波市土成町吉田の御所神社に集合してね。
僕ののちゃんも案内係りの1人として参加します。桜の季節、土御門天皇の所縁のスポットを一緒に歩きましょう。
今回、3回目のウォーキングルートは、これまで2回とは異なり、新しい西側ルートを案内予定。なので、今まで参加した方も、きっと、より楽しめるはずです!そして「つちみかど上皇ものがたり」と題する上皇の紙芝居もあります!!

ちなみに今回は春、桜を楽しみながらのウォーキングですが、来年11月27日に予定しているウォーキングは、秋の開催となり、紅葉などを楽しみながら歩きます。
詳しくは下のポスター画像をチェックしてみてね!

土御門ウォーキング2015・2016 ポスター表
(画像)土御門ウォーキング2015・2016 ポスター表

土御門ウォーキング2015・2016 ポスター裏
(画像)土御門ウォーキング2015・2016 ポスター裏

ところで、以下は個人的な今日の出来事。
午前中、那賀町にてブーちゃん先生の童謡を歌う会に参加。歌った曲は次の通り。

1 村の鍛冶屋 作詞作曲不詳 Youtube→ http://www.youtube.com/watch?v=9-W7dI2H4Fo

2 ペチカ 作詞:北原白秋 作曲:山田耕筰 Youtube→ http://www.youtube.com/watch?v=tzV-kasDlTY

3 鞠と殿さま 作詞:西條八十 作曲:中山晋平 Youtube→ http://www.youtube.com/watch?v=NGQNsBBuhJI

4 月の沙漠 作詞:加藤まさを 作曲:佐々木すぐる Youtube→ http://www.youtube.com/watch?v=z6kTaAZ4flE

5 出船 作詞:勝田香月 作曲:杉山長谷夫 Youtube→ http://www.youtube.com/watch?v=2bM-m-7gTTM

6 シュワ・ジェベェチカ ポーランド民謡 作詞:東大音感 Youtube→ http://www.youtube.com/watch?v=WPHK8vAX4Oc

淡路島でPVの撮影

今日は阪神・淡路大震災の日から、ちょうど20年の節目。
たまたま、震災と同じ時刻の朝5時46分52秒は、カフェナフシャの尾崎さんのところに伺い、淡路市内の海岸へ向かっている途中だった。
朝6時に待ち合わせの浜に到着し、6時30分ごろから、Yさん達のプロモーションビデオの撮影を開始。
天候にも恵まれ、すばらしい朝焼けの中、ちゃくちゃくと撮影をつづた。

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(写真)日の出ごろに淡路市内の海岸でえり花さんのダンスを撮影

浜での撮影を終え、9時ごろ、カフェナフシャの裏にある海岸へ全員移動。こちらでは尾崎さんの作品をのせた小舟に乗ってもらっての撮影。
とても良いアングルで撮影を終えた。

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(写真)カフェナフシャの尾崎さんの作品をのせた小舟に乗るエマさんえり花さん

全ての撮影を終え、由良のUさんに会いにKさんの工場に寄って、徳島に戻った。
昼食抜きで、今年春に開催予定の「土御門ウォーキング」のポスターをとりあえず完成させ、パワ友さん宅へ向かった。
そこで主催のTさんも加わり、内容などチェックしてもらった。
確認を終えた14時ごろ、パワ友さん宅に来客があった。 僕も良く知っている、モノノベのMさん達。いろいろ話しをして、13本のドキュメント映画の1本を観て頂いた。

明日は、ブーちゃん先生の童謡&合唱に行く予定!

連載記事のチェック

午後16時、月に一度の連載記事のチェックをトアル喫茶店にて行った。
そして編集員のMさんから、「4月号から雑誌を休刊します」と発表があり、少し驚いた。。。
よく話を聞くと、雑誌としては休刊だが、ネットでは続けていくらしい。
少々残念に思ったが、今の連載は3月までにして、4月からは少し内容を見直したいと考えている。
まだ、どうなるか分からないが、約2年間、連載記事を持てたことに感謝!

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(記事)連載・徳島ぶらり散策 牟岐・出羽島アート2015について紹介した記事

明日は4時半起きで、淡路島へ。Yさん達のプロモーションビデオの撮影に行く予定だ。

バイクの修理

約1年、乗ってなかった原付バイクに久しぶりに乗ってみた。
後輪のタイヤがパンクしているのは知っていたが、ガソリンが全く入っていないし、バッテリーもあがっていた。
とりあえず、ガソリンを足し、バッテリー充電をやってから、タイヤパンクを簡易的に補修するという注入液をタイヤに入れて直した。

しかし、忘れていたことがあった「自賠責保険」が切れていたことを。
結局、バイク屋に持って行き、保険手続きと後輪タイヤを新品に交換してもらった。
併せて2万円ほどの出費となったが、これでバイクを安心して乗り回すことができる!

もうすでに菜の花や梅の花が咲き始めている。これからだんだん暖かくなる感じかな。お出かけもバイクで行く機会が増えそうだ。

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(写真)原付バイク後輪のタイヤを新品にした。

神戸・淡路 そして葦舟

午前中、学校へ行き、書類整理とパソコンの修理を終えて、ブーちゃんと神戸に向かった。
昨年、ブーちゃんが東京での歌のコンクールに出た時、ピアニストで同音楽大学の田中明子先生が、今回の神戸のコンサートに出演されるとのことで、歌とピアノに聴き入った。現地で知人のNちゃんも奈良からやってきて、一緒に会場入りした。
コンサートが終わり、夕方、淡路島のYさんのご自宅へ、この週末に撮影するPVの打ち合わせをした。
Eさんから、小舟のシーンに、由良の葦舟を使ってみてはどうか?との提案があり、さっそく、帰りに由良に寄った。
Kさん達4人で葦舟を見に行った。

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(写真)Kさんの工場敷地に置かれた葦舟 夜で見難いが美しい形を留めている

今回のPVにこの葦舟を使うのは難しい状態だが、見ることができて嬉しい。とりあえず、カフェナフシャの尾崎さんが作ったオブジェクトを小舟に乗せてPVは撮影する段取りになるもよう。

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(写真)しかし束ねているロープを引張ると簡単にプチプチ切れる、補修が必要な状態だ

一昨年の2013年7月に、淡路市由良であった「縄文葦舟まつり」の時に作った葦舟だが、僕は別の用事で参加できなかった。今日このタイミングでやっと、その葦舟と出会えた。ニュージーランドのワイタハ長老・テ・ポロハウ・ルカ・テ・コラコ氏もこの由良に来ていたとこのことで、その当時は、多くの知人がそのイベントに参加していた。
今週末、この葦舟に関わっていた石川さんが遣って来るそうだ。
詳細は、次の通り。 石川さんのホームページより抜粋 → HPリンク

講師:石川仁 1967年生まれ 一般社団法人 ONE OCEAN 代表
■日時:1月18日(日)
開場 18:30
講演 19:00〜20:30
交流会 20:30〜21:30
■場所:国瑞彦護国神社会館 兵庫県洲本市山手2丁目1−42
■入場:1,500円  交流会:別途
■問い合わせ&予約連絡:080-2791-3799(上田)earthawake11@icloud.com
■主催:EARTH WAKER /共催 ㈳ ONE OCEAN

神通の滝

午前10時すぎ、文化の森の図書館へ。ブーちゃんをそこで降ろして、僕だけ神山町の神通の滝へ向かった。目的は滝の撮影。予定では淡路島の音楽ユニットのYさんのPVに使う予定にしている。
積雪は無かったが、雪が舞っている中、簡単に禊をしてから撮影開始。 90分ほど滝つぼの周辺で作業していたが、結構寒かった!

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(写真)神山町上分の神通の滝 周辺の岩肌にはツララがあった

滝の撮影を終え、途中、上一宮大粟神社に立寄った。すると偶然にもNさん親子と県外からの来客の姿があった。Nさん達はこれから、拝殿でご神事をされると言うことで、それに併せて来たかのようなタイミングにお互いびっくり。
僕も神事に混ぜてもらった。
その後、文化の森の図書館へ。ずいぶん待たせてブーちゃんに迷惑掛けたが、一緒に遅い昼食を公園で食べた。公園には梅の良い香りが漂っていた。

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(写真)文化の森の公園に蠟梅がみごとに咲いていた

明日は、ブーちゃんの歌のピアニストさんが神戸で演奏されるとのことで、2人で観に行く予定。

戦国天下人 三好長慶 新年懇親会

午前11時から徳島市内のとあるホテルで開催される新年会に参加した。
それは、戦国天下人の三好長慶を愛する長慶会のメンバーの新年会で、その内の約50名ほどが集まった。
ブーちゃんと義姉もメンバーだが、今回は僕が代表で参加。平均年齢は、たぶん70歳ぐらい(爆)だが、元気と気力は20歳ほどの、パワフルな方々で、15時30分まで、わいわいと楽しい宴会となった。

まず、メンバーの中野さんの司会で、若松さん、出水先生など挨拶からスタート。その後、参加者全員の自己紹介。僕ののちゃんは、今年の長慶会の会員として「小少将」を研究テーマに活動したいと抱負を述べた。その話しの中で、「小少将は、三好実休、細川持隆、篠原さんの妻だった。。。」と述べたのだが、会員の篠原さんより、「篠原自遁・しのはらじとん」ときちんと言って欲しいとご指摘を頂いた。

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(写真)ステージに向かう三野の長慶武者行列まつり実行委員会のメンバー達

その後、メンバーたちよる一芸&カラオケタイム。 まず初っ端は、徳島県議会副議長の木南さんの素晴らしい尺八の演奏。そして、カラオケ大会。メンバーの秋田さんは「番場の忠太郎」を歌いながら、完璧な衣装と振り付けで圧巻のステージショーをご披露した。そしてその歌の最後で紙吹雪を飛ばした。その紙吹雪係りが、僕ののちゃんだった。秋田さんのグッズの中に「ひょっとこ」のマスクがあったので、それを借りてステージ横から雪を降らした。

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(写真)ひょっとこののちゃん この格好で紙吹雪を飛ばす係りをした 見方によればホラー的恐怖感もある

最後、全員に抽選によるプレゼントが渡され、今年年男の僕ののちゃん&他2名の合図で、「エイ・エイ・オー」3回連呼しえお開きとなった。

今回の宿題として、長慶会のホームページの投稿欄をもっと簡単にできないか、海陽町の城満寺の焼けた石仏の年代測定をしたいなどの要望を頂いた。

十日戎

昼過ぎ、来月予定している海外旅行の事前説明会に行った。旅行の一番の目的は、バチカンのローマ教皇に会うためだが、実はもう1つ大事なお役がある。それは、以前から研究しているイタリア(クロアチア)兵の足あとを追うことだ。今から約100年前の第一次世界大戦のことで、徳島の板東俘虜収容所にドイツ兵と混ざって収容されていた13人のイタリア兵がいたそうだ。去年のブログに、2回に渡って取上げているので、興味のある方はチェックしてみてね。
クロアチア兵と鶴亀物語 → 第一次世界大戦のクロアチア人、ドイツ捕虜の件で調べて分かったこと
当時、大正6年の新聞には結局、全員イタリア領事館に引渡され、母国に帰ったと伝わるが、その後、どうなったのか詳細は分からない。なぜ、ドイツ兵に混ざってイタリア兵が収容されたのか?できれば子孫にあって聞いてみたい。。。
ただ、現実は100年前の話しなので、なかなか難しいかもしれない。

ところで今日は十日戎、徳島では「えべっさん」とも呼ばれている日。1人で徳島市内の事代主神社へ向かった。夜7時ごろ、たぶん一番混んできる時間帯で長蛇の参拝者の行列があった。今回は並ぶのを止め、鳥居の外から参拝した。しめ飾りなどはビニール袋に入れ、ガードマンのおっちゃんに頼んで、収納所に入れて貰うことにした。

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(写真)徳島市通町の事代主神社の十日戎

昨日、出羽島を訪問したこともあり、一宇の偉人、谷貞ノ丞さん所縁の徳島城跡に寄った。江戸時代、天候不順で土一揆が頻繁にあったころ、事前にそれを食い止め、農民の不服を庄屋だった貞ノ丞がお殿様に物申したてた場所。結局、打ち首になったが、そのお陰で、その後の一宇での年貢の取立ては緩くなり、土一揆は収まったという。
昨日の出羽、そして今日の徳島城跡。。。何か解放された気分になった。

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(写真)帰り徳島城跡に立寄った。

出羽島を散策

朝6時30分に家を出て、牟岐町へ向かう。目的は3月1日から月末まで開催される牟岐・出羽島アート展2015の取材のため。
9時30分過ぎに、実行委員会のSさんに会い、いろいろイベントの詳細を伺った。
今回で3回目となるアート展、これまでと違うのは、島だけでなく、対岸の牟岐町の三協地区(橘・辺川・河内)でもアートが展示されることだ。またアーティスト達は去年から現地に入り、町民と交流しながら作品を仕上げているとのこと。
詳しくは、ムギデバ(牟岐・出羽島アート展2015さん)のHP、またはFacebookをご覧頂きたい。

その後、11時10分発の連絡船、大生丸に乗って出羽島へ。 15分ほどで到着。同じ海なのに、この島の港の透明度は最高に透きとおっていた。

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(写真)出羽島の港 大生毛とも呼ばれている美しい港

島発の最後の便は、16時35分なので、それまで島をぶらぶら散策した。
港を中心に、とても美しい佇まい。もちろん信号や車は全くないが、道は綺麗に整備されていて、非常に散策しやすかった。歩いていると昔、旅行したヨーロッパのクロアチアの小さな港町を思い出した。
港の水辺で、今年初の海中禊をしていると、「何してるの?」って声をかけてくれた女性2人の姿が。。。1人が島のゲストハウスを任されている女性とのことで、後で伺う約束をした。

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(写真)出羽島の街並み 折りたたみ式の板戸が特徴のミセ造り(蔀帳・ぶちょう)の民家

島を反時計回りに、一周した。 途中の「蛇の枕石」は残念ながら崖崩れで立入り禁止、大池の天然記念物・シラタマモは時期的な問題なのか発見できなかった。
島で最も標高の高い場所(76m)まで行き、出羽島灯台で休憩。そこからは、去年2回訪問した「大島」がよく見えた。
とりあえず、中央コースを下り、旧出羽島小学校へ向かった。
アート展は、この廃校になった小学校の体育館や島内の空家スペースなど10箇所で開催される予定。
以前、ご自宅にパワ友さんと伺ったことのある海陽町在住のアーティストYさんもこの体育館などで作品が展示されるらしい。

先ほど声をかけてくれた女性に会うためゲストハウスに立寄った。初めてだが、以前から来たかった場所だ。今日はあいにく経営者のNさんは出かけているとのことで、留守を任せてられているCちゃん(先ほど声をかけてくれた女性)と、いろいろ話しをした。今年、島で一番良いニュースを聞くと、何年かぶりに島に赤ちゃんが誕生するとのこと。今、まったく子どもがいない島にとって、この赤ちゃんは非常に嬉しい出来事だ!
まだ1時間ほど連絡船の出発時間があったので、Cちゃんの提案で港の岸辺に行くことにした。

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(写真)海に浮かぶ人影が!

そう、この水面に浮かんでいるのがCちゃん。まるで仙人のようだ。僕ののちゃんも挑戦した。さすがにボードの上に立つことはしなかったが、服を着たまま正座で乗り、港の外へ漕いで進んだ。

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(写真)ののちゃんも挑戦!

先日の元旦に、携帯電話をドコモのエクスペリアに変更したのだが、防水仕様なので、海中に沈めて撮影してみた。

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(写真)携帯を海に突っ込んで撮影すると、沢山の魚達が撮れていた

ありがとうCちゃん、また機会があったら、宿泊しますね。
最終便の舟に乗り、島とお別れ。取材と言うより、観光気分でリフレッシュできて楽しかった。

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(写真)島にさよなら

船から遠ざかる出羽島を見ながら、ふと、徳島県の一宇なら誰でも知っている谷貞ノ丞さんの家族のことを偲んだ。江戸時代の話しだが、庄屋だった貞ノ丞さん、不作続きで年貢の取立てに不満を爆発させる村人に代わり、徳島藩の殿様に物申したことで、最後打ち首になった偉人。その後、貞ノ丞の妻と子は、この出羽島に島流しされたとも、直ぐに亡くなったとも言われている。貞ノ丞さんのことは、以前一宇に訪ねたときにブログにちょっと書いてるので、興味ある方はチェックしてみてね。
もし、妻と子がこの島に流されたのなら、無事に生き延びたのだろうか?そして、打ち首になった貞ノ丞のことを思うと非常に切なく思う。。。

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(写真)連絡船・大生丸の片道運賃は、220円 8月と9月の2ヶ月間は230円

無償という教育支援

今話題の3Dプリンターを所有する経営者のAさんから、午前に電話があった。もっと3Dを取り入れた教育を進めるべきだと、後押しいただいた。確かに今後、この分野のニーズは益々高くなるので、必要性は分かっていたものの、ソフトウェアがかなり高価だったので、なかなか具体的に勧めることができなかった。

しかし最近、嬉しい知らせがあった。それは、50万~数百万する高価な3Dソフトが全て無償で使用可能になったことだ!これは衝撃的なニュースだった。もちろん、商用として利用できないが、教育機関や学生・教員は無料で利用し勉強することができる。

世界的にメジャーなオートデスク社だからこそできる教育支援の一環なのだが、このサポートを受ければ、少ない予算で学生に3Dの環境を提供し学習のチャンスを与えることができる。

この3Dは、コンピュータで仮想的に形を作り、色や動きを付け、デザインやプロダクト製品として利用する技術。
最近話題になった、3Dプリンターでピストルを作ったニュースは衝撃的だった。

さっそく夕方、学校の関係者に簡単な企画を持って、3Dの授業を提案してみた。
どうなるかは分からないが、学生に3Dソフトを使って、キャラクターなどを作り、ゲームやアニメーション、そして今話題の3Dプリンターで形にしていく「ものづくり」を学生に習得してもらいたいと説いた。まだまだこの分野は人材が足りないので、引く手あまたの職業になるだろう。。。

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(サイト)オートデスク 教育機関・学生向け提供サービスご案内のサイト → リンク

今回の無償の教育支援は、今後の経済の有り方を少し見せてくれたような気がする。
今後、おそらくモノはどんどん安くなっていくだろう。野菜よりパソコンやカメラが安く売られる日も近いかもしれない。

明日は、雑誌の取材のため、牟岐町の出羽島に行く予定。どんな出会いがあるか楽しみだ。

味きっこうの七草粥

今日は、七草の日。今年一年の無病息災を願って、スズシロ、スズナ、セリ、ナズナ、ハコベラ、ゴギョウ、ホトケノザの7草を食べる日である。それを手頃にいただけるのが、次に紹介する株式会社味きっこうの「七草がゆ」だ。
もちろん、ビーガンにも対応しているので、安心してベジタリアンでも頂ける。
この食品会社で製造されている関連商品「かやくご飯」は、JAXAの宇宙日本食候補33品目の1つに選ばれている。つまり、宇宙食。また、この「七草がゆ」もそうだが、お鍋で数分、袋ごと温める手軽さも全商品に共通しているのも嬉しい。
手軽で、長期保存、美味しいの3拍子揃った食品なのだ。

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(写真)味きっこうの七草粥 パック表 パッケージ

淡路島に本社を置く株式会社味きっこうの女社長・魚谷佳代さんは、知る人ぞ知る人物。僕も数年前から何かと出入りさせて頂いているが、安全な食を通じて、世界平和の実現に貢献されている。
もし興味ある方は「味きっこう」で検索してみてね。

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(写真)味きっこうの七草粥 パック裏 表示ラベル

少し個人的なメモ。
午前中から今年最初の講義をした。ほぼ全員の学生の顔ぶれを確認できたので、少し安心できた。
来月の認定試験に向け、受験費用の決済など最終作業も遣り終えた。

海蔵院・東海寺へ

午後から墓参りのため、東かがわ市馬宿の海蔵院・東海寺へ向かった。
昨年6月にお亡くなりなられた、この寺の故桑島住職の霊に手を合わせるためだ。剣山の顕彰に尽力された故高根三教先生と師匠を引き合わせたのが、このご住職と聞いて、生前、何度か寺へ伺ったが結局、会わずじまいだった。
しかし今日、やっとお墓の前で、ご冥福を祈ることができ、少し気が楽になった。
真言宗の寺の住職でありながら、ソロモンの秘宝伝説など高根三教先生と供にイスラエルを研究なされた桑島住職、ドキュメント映画「劔の夜明け」を制作していた時、生前にインタビューしていればと残念に思う。

境内には、源平合戦の屋島の戦いで有名な義経に纏わる手洗堂や鞍掛の松、馬洗池などが境内にあるが、全て再現されたもののようだ。本堂裏(南側)にある住職のお墓参りを済ませ、本来、寺があったとされる千足ダムの寺跡を訪ねることにした。

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(写真)海蔵院 東海寺の石灯篭 16菊花紋とダビデ紋章が一際目立つ

真言宗善通寺派で、正式名は、亀海山 本言坊 海蔵院 東海寺。別称は、白龍大弁財天とも呼ぶ。
本尊 七佛薬師如来
創建年は、721年行基より開基されたと伝わる。四国88箇所番外。
住所は、香川県東かがわ市馬宿248番地。

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(写真)海蔵院 東海寺境内

廃寺に向かう途中、磐座に立寄った。
岩は家屋に納められ、氏子達に大切に守られている。
数年前にもここに訪れたことがあるが、今も清潔に保たれていた。旧川股村の岩大師として、信仰が続いている。
僕も手を合わせた。岩は、約1億年前~6500万年前(白亜紀後期)に海で形成された泥岩優勢砂岩とされる。

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(写真)岩大師

千足ダムの廃寺は2度目の訪問となる。よくぞダムに沈まずに残してくれたと思う。
恐らく源平合戦の時、源義経は援軍とともに、大山の徳島側にある「大山寺」に立寄ってから、この廃寺に入り、馬を休めたと思われる。つまり、本来の海蔵院 東海寺の場所は、ここだと考えられる。
場所は千足ダム北側の側道を西に進むと、無縁者供養塔やお地蔵群があるので、それを目印にしてほしい。
昔、師匠から大山寺に隠された秘密を聞いたことがある。正確に覚えていないが「馬小屋、イエスキリスト、聖徳太子」がキーワードだったと思う。今も気になる話しだけに、何時か自分なりに調べてみたいと思う。

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(写真)馬洗場

ダムを反時計回りに一周し、引田の馬宿へ戻る。天気も回復し、太陽が阿讃山脈の大山に沈もうとしていた。
そして、この馬宿の港から海を見ると、2つの島が良く見えた。

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(写真)馬宿川から播磨灘を望む、左が通念島、右が松島

ドキュメント映画を作る時、師匠から数枚の写真を見せてくれた。その一枚に、舟に乗り通念島に向かう写真があった。今から30年ほど前のことだが、なぜ、高根三教を連れて、この島に向かったのかもう一度、師匠に聞いてみたくなった。

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(写真)1987年7月7日、通念島へ向かう師匠と故高根三教

東かがわ市の馬宿を夕方5時前に出発し家に戻る途中、1本の電話で、松茂のカフェでトアル女性2人と落ち合うことになった。詳しくは書けないが、新しい展開が生まれそうなミーティングとなった。

今年の初取材

午前11時にブーちゃんと一緒に母を迎えに行き、マータラでスリランカ料理を昼食に。
その後、父が眠る墓地へ、新しく造花を供え墓参を済ませ、近所の忌部神社(眉山・二軒屋)へ詣でた。
さすがに1月5日とあって、参拝者は疎らで、落ち着いて新年の感謝を祈ることができた。

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(写真)忌部神社前で母と記念写真、撮影はブーちゃん

夕方、徳島市東新町商店街へ取材に向かった。今年最初のインタビュー。
伺った人物は、下の写真のトアルものを作っている店のオーナー。さて、何だと思います?もちろん食べ物です。徳島の若者なら、一度は食べたことがあるはず。僕も食べたことあります。ヒントは4文字です!
この店のオーナーでもあるHさんは現在、直営店2店舗、そしてフランチャイズ1号店を徳島市内にオープン。この食品目当てに、少し淋しくなったアーケード街に、わざわざ買いにくる若者も多いようだ。Hさんは、そんな若者が大人になった時、楽しい思い出の1つになってくれればと、美味しさとワイワイ集える場所を提供している。

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(取材)さてこの揚げているいるのは何でしょう?

この食材もそうだが、揚げている油も非常に気になる僕ののちゃん。なぜなら天ぷらカーの燃料に打ってつけの植物油だからだ。
そうそう、和歌山の岩本さんから、天ぷらカーの修理を始めるとのことで、確認の電話が今日の朝あった。
食材の答えは → リンクページ

プロモーションビデオの準備

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(画像)架空の森の中に、ひっそり流れ落ちる滝をイメージしたCG

昨日からボチボチ仕事を始めた僕ののちゃん、それとは別に、淡路島のYURAIさんから依頼があった音楽プロモーションビデオの制作の準備に取り掛かった。
6分36秒ほどの非常に壮大であり、平和であり、力強い曲に、どんな映像を重ねたら良いのか、何回も繰り返し聞いた。
浮かんできたイメージを頭に描き、辿りついたのが、上の画像のような、森と滝、そしてまだイメージに落とし込んでいないが、日没の海と小舟。

ご本人にもできたら実際に小舟に乗って頂き、撮影できたらと思う。どんな映像に仕上がるのか、まだまだ未定だが、少しずつ準備をしていきたいと思う。

大麻山へ初詣

この正月3日間は、完全に寝正月だった。そのわりに夢をみた記憶があまり無い。今日からぼちぼち気持ちを切替えるため、大麻山へ初詣&初登山に行くことにした。
今日が誕生日の母に電話してから、15時30分ごろ、自宅をかなり遅い時間帯に1人出発。大麻比古神社の手前1kmぐらいから渋滞。裏道を通り、ドイツ館裏の駐車場に車を止めて、歩いて神社へ向かった。
神社の駐車場はどこも満杯で、僕は人混みを避け、人気の全く無い谷に下りた。そこで3匹の野生ザルに出くわし、幸先の良い詣でとなった。この谷は、板東谷川が流れていて、一跨ぎで渡ることができる沢ってな感じ。野生ザルも僕と同じようにピョンとジャンプして沢を渡った。とりあえず、この沢で禊をして、ドイツ橋を横切り、大麻比古神社の本殿などを参拝した。
本殿前はいつも以上の賑わい。鳴門市板東にあるこの神社は、徳島県の一宮で、猿田彦を主にご神体として祀っている。

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(写真)大麻比古神社

神社境内の奥へ進むと、奥宮のある大麻山が鎮座する。標高538m。神社からだと頂上まで約2.3kmの道のり。さっそく頂上へ登ることにした。

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(写真)大麻山

夕日が沈もうとしているころ、反対側には月が薄く出てきだした。その太陽と月の間を縫うように参道はつづく。途中、一組のご夫婦とすれ違い、少し心配そうな表情で「こんばんは」と挨拶を掛けて頂いた。僕も挨拶を返し、山頂へ向かった。その頃、太陽は完全に山へ沈み、薄暗いトワイライトゾーンに入った。
全く、人気の無い参道をひたすら登った。

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(写真)大麻山中腹より徳島市内を望む

頂上に着いたのは、17時40分ごろ。約70分で登った計算だ。すっかり夜になった頂上には、常夜灯が煌々と辺りを照らしていた。この常夜灯は、吉野川下流域に住んでいる徳島県人にとっては、普段から街中から見ることができる山頂の照明で、徳島空港の飛行機や紀伊水道の船乗りにとって、欠かせない常夜灯と聞いている。

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(写真)大麻山山頂の常夜燈と奥宮峯神社の屋根

山頂で参拝を済まし、見上げると幻想的な月光と飛行機雲の夜空が美しく広がっていた。また今年一年、頑張って遣っていけそうな気分になった。木々で覆われた参道を下山する時、隙間から月光が石段をボンヤリと照らし、僕はそれを頼りにゆっくりと下りた。自然と今年一年のスケジュールや段取りなどが頭に過ぎって、未来計画のシミュレーションをしていた。今年は「与えられた目の前の作業を謙虚にやり遂げていくこと」を念頭に過していきたいと決意。そうした頃、無事に麓に下山していた。
今年も引き続き、関係者、そしてブログを観て頂いている皆様、どうぞよろしくお願いします。

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(写真)大麻山から月夜を望む
プロフィール

ののちゃん

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どうも!ののです。見に来ていただき、ありがとうございます。
ただいま、楽しい40代後半。毎日が嵐の様に過ぎ去っていて、殆ど家に居ない状態。。。見失いがちになりそうな日々の出来事を日記として残しております。掲載内容など、お問い合わせは、各記事の Comment(コメント)にご連絡願います。追って連絡しま~す!

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